学校給食に対する、肉屋のつぶやき。

Pocket

 

正午になれば、当たり前に学校給食を口にしていたわたしにとって、それらの料理が作られるまでの過程を気にしたことなど一度もなく、どれほどの苦労とストレスの積み重ねで出来上がった食事たったのかを、今さらながら知ることとなったのだ。

 

 

「厚さ5ミリ、縦1センチ、横2センチの肉を何キロも用意しないとならないんだよ」

精肉店のオヤジがそうこぼした。これは幼稚園に届ける肉の話だが、これほどの細かいサイズ指定を受けて、それを毎朝せっせとカットするのだから大変な作業である。

おまけに、異物が混入しないよう細心の注意を払ってカットから袋詰めまで行うため、精神的にもかなりの重労働といえるだろう。

——少なくともわたしでは、初日から納品できない騒ぎだ。

 

これが少しでもサイズが違ったり、何らかの異物が混入していたりすれば、それこそ幼稚園から呼び出しをくらいネチネチと怒られるのだからやってられない。

しかも異物混入に関しては、必ずしも店側の落ち度ではない場合もあるらしく、それでも業者というのは立場が弱いため、ただただ頭を下げなければならないのだ

——わたしだったら罵詈雑言を浴びせた上で、中指立てて帰るだろうな。

 

ちなみに、精肉店よりも大変なのが鮮魚店なのだそう。

学校給食とは別の観点ではあるが、肉も魚も鮮度が命であることは言うまでもない。だが、肉は瞬間冷凍などでしばらく保存することができるが、魚にそれは通用しない。よって、とにかく仕入れが難しいのが魚介類なのである。

 

なお、幼稚園からの注文でアジを三枚におろす際には、小骨をピンセットで一つ一つ取り除かなければならず、それを何十匹も用意する必要がある。

さすがに、個人店で毎日そこまでの作業ができる店は少ないだろう。それこそ「小骨取りのアルバイト」を雇えれば別だが、当然、そんな余裕はない。

おまけに、そこまでの苦労と品質の担保をした上で、時間厳守で幼稚園に届けたはいいが、その報酬が一万円だったりすれば報われない。

——なんという理不尽! わたしだったら「健康な魚には、オメーらと同じく骨が生えてるんだよ!」って食育を兼ねて、あえて骨ごと給食に出してやるけどな。

 

その一方で、親にとっては泣き言だが、精肉店にとっては誇らしい現象も起きているのだそう。

「幼稚園側から『園児たちになるべく良い肉を食べさせたい』とのことで、良質な肉を届けていたんだ。そしたら、自宅で安い肉を出したお母さんから『子どもが肉を食べなくなっちゃった』って、苦情をもらったよ笑」

 

子どもの舌は正直なのだ。とはいえ、幼いうちに良質な食材を覚えてしまうと、その後の長い人生が心配ではあるが・・・。

 

 

ところが、この話を聞かせてくれた精肉店は、幼稚園や学校との取り引きをやめてしまったのだそう。理由は言うまでもなく「無理だから」。

個人店レベルで、幼稚園や学校が求める基準の給食用カット食肉を準備・配送すること、しかも、それを毎日続けることは現実的に無理なのだ。

 

この話を聞くまで、わたしはてっきり「デカい肉の塊を、学校や給食センターへ届けて、そこでカットするのだろう」と思っていた。

もちろん、納品から下ごしらえ、調理、そして給食として目の前に並ぶまでの流れを、真剣に考えたことはない。そもそも料理をしないわたしが、それらの流れを想像することなど不可能なわけで、魔法のようにいつの間にか完成しているのだ・・と決めつけていた。

 

ところが、肉や魚はすぐさま調理できる形状で納品され、しかもウィークデーは毎朝その作業が続くとなれば、大手食肉・鮮魚店でなければ対応できない高難易度の仕事になる。

おまけに、ちょっとでも不備があればこれ見よがしに叱られるだなんて、とてもなじゃいが耐えられない。

 

そりゃ園や学校側の立場を考えれば、そういった不備が保護者からのクレームにつながるため、とにかく指示通りの食材を納品してもらいたい・・と願う気持ちは理解できる。

仮に、アジの小骨が児童の喉に刺さりでもすれば一大事である。担任から給食担当から園長・校長まで、保護者の前でひたすらペコペコしなければならないのだから。

 

そして、こうやって個人店レベルでは対応できない発注をすることで、必然的に、大手企業しか生き残れない仕組みが出来上がってしまったのだ。

学校給食に限らず、わざわざ精肉店や鮮魚店で肉や魚を買う主婦が、今どきいるだろうか。むしろ、スーパーで全ての買い物を済ませるほうが、便利だし時間短縮にもなる。

さらにスーパーであれば、売れ残った魚介類は翌日の弁当や総菜の材料に回せるため、食品ロスを抑えることができる。

 

こんな芸当、個人店ではとてもなじゃいが敵わないわけで——。

 

 

なんだか、いろんな意味で歪みに歪んだ世の中になってしまったのだと、部外者ながら胸を傷めるわたしであった。料理もしないくせに・・。

 

llustrated by おおとりのぞみ

Pocket