私が「視力に頼らず自由自在にスマホを操る日」は来るのか

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先日、全盲の父のために物理的ボタン付きのケータイ・・いわゆるガラケータイプのスマホを購入した。かねてからスマホに興味を抱いていた父のために、あれこれ情報収集をし検討を重ねた結果、「物理ボタン付きの端末での操作がベスト」という結論に至ったのだ。

 

若者ならばまだしも、高齢かつ目が見えない人間が、今から新たなことに挑戦するのは想像以上に困難である。実際に目を閉じて、手元のスマホを操作してみてほしい。そもそも画面がどうなっているのかも分からないわけで、ほぼ何もできないだろう。

ではスマホではなく、パソコンを使ってネット検索はどうだろうか。文字入に関してはブラインドタッチに自信のある人も多いだろうが、ブラウザ上のある場所を指定したりクリックしたりすることは、さすがに難しいだろう。

 

このように、普段われわれは何気なく視力に頼った生活を送っているわけで、改めて「もしも目が見えなかったら」という状況を想像すると、恐怖に絶望するかもしれない。

だが「むき出しの臓器」と呼ばれる眼球が、いつどこで破損するかは分からない。事故や病気だけでなく、日常的に起こりうるちょっとしたことでも、柔らかいまぶたを貫き生々しい眼球を突き刺すあるいはくり抜くことはできるわけで。

 

男性が股間に衝撃を受けて悶える姿を見るが、たしかに睾丸(精巣)も体外に出ている臓器だ。しかしアレは皮膚に覆われており、さらには下着や衣服など人工物でも保護されているわけで、眼球よりもよっぽど守られている。

視力というのが現代人にとって重要な要素であるにもかかわらず、なぜこんなにも無防備で脆弱な状態で配置されているのか、それこそ神が人間に与えた試練なのではなかろうかと疑いたくなるのである。

 

そんな繊細で儚い臓器である眼球、というか視力を失った父にとって、情報収集の器官はもっぱら"耳"となる。無論、指先で点字を読み取ることで、読書形式での情報収集も可能だが、点字の本が出来上がるまでには時間もかかるため、ホットな情報はラジオや音声配信を中心に仕入れているわけだ。

中でも彼のお気に入りは、ラジオNIKKEIとNHKそしてニッポン放送らしい。経済や株価、さらには将棋や音楽、そして土日は競馬を楽しむためにも、これらの放送局が重要となるのだ。

その昔、わたしが実家にいた頃は、競馬の時間になるとテレビをつけて、パドックの様子や馬体重、調教タイムやオッズなどを解説させられていた。つまりわたしは、小学生の頃から競走馬を見る目を養われていたのである。

 

話が逸れたが、そんなラジオ好きかつ調べるのが好きな父は、われわれが所持するスマホをとても羨ましがっていた。なんせ、Googleという検索エンジンが標準装備され、radikoやらじるらじるといったラジオ配信アプリが無料で追加できるわけで、スマホ一つで彼の希望が叶うという夢のようなアイテムだからだ。

そんな父の夢を叶えるべく、わたしは「Mode1RETROⅡ(モードワンレトロツー)」なるケータイを購入した。売り文句が"型はガラケー、中身はスマホ。"ということで、まさに願ったり叶ったりなのだ。

 

到着した商品をまずはわたしがいじってみる。懐かしのテンキーボタンを操作しながら初期設定を進めていくのだが、やはり画面をタップするほうが速いし簡単。とはいえ、父に教える手前、テンキーを使わないと話にならない——。

その時、わたしはふとあることに気が付いた。

(アレ? そういえばわたし、目で見ながら操作してんじゃん)

そう、確かにテンキーを使って操作をしているが、目で見ながらやっているわけで、これではスマホをいじるのと同じではないか!

 

慌ててわたしは、「画面を見ずとも操作ができるか」の確認に取り掛かった。要するに、音声による誘導とそれに対するリアクションを、声なりテンキーボタンなりでできるかどうかを試そうとしたのだ。

(って、どうすりゃいいんだ・・・)

マイクのボタンを押すも録音モードになったり、「オッケーグーグル!」と話しかけるも無視されたり、そもそも音声操作にたどり着けないわたし。

(しかたない、ググるか・・・)

色々探すうちに、「Googleアシスタント」と「トークバック」なる機能がある様子。よし、これらを試すとしよう——。

 

こうして格闘すること2時間半。これらの機能をある程度使いこなせるようになった。とはいえ、画面を視認しながらの操作のため、当然ながら目をつむってでは、2時間半どころか一日かかっても理解できそうにない。

さらに、アプリの内容によってはテンキーボタンでは操作できない項目もあり、そうなると画面をタップする以外に方法はないのだ。目をつむったわたしは恐る恐る画面に触れてみる。

「タップできるメニューです」

「午前3時27分です」

「選択するにはダブルタップしてください」

イライラが収まらない。画面を見れば一目瞭然だが、目を閉じていると音声を聞き取りながら恐る恐る進むしかないわけで、途中で投げ出したくなる。Google検索一つとっても欲しい答えにたどり着くことができず、静かにケータイを閉じるわたし。

(この状態で、どうやってYouTubeなんて視聴できるというのだ・・)

父はYouTubで音楽を聴くことを望んでいる。つまりこのケータイで、YouTubeの操作ができなければならないのだ。それなのに、チャンネル選択が画面操作でなければできないし、トークバックをオンにしていると画面操作の邪魔をするのである。

さらに、ダブルタップで指示が有効となるものが、タップの仕方によっては上手くいかず、むしろ8割方上手くいかない始末。さらに、誤って画面に触れてしまえば、別の情報を読み上げてしまうため、さっきの場所へ戻るにもツルツルの画面では手がかりがなさすぎる。

 

おまけに、肝心の「トークバック機能のオンオフ」が、画面をタップすることでしかできないときた。これだけは何とかしなければ・・・。

引き続き格闘すること40分、ネットで調べた情報を駆使して、ようやく「音量ボタンの長押しでトークバックのオンオフを選択できる」という設定が完了した。

いったいここへたどり着くまでに、どれほどの時間と労力そして視力を酷使したのだろうか。そして成し遂げたことといえば、物理的ショートカットキーの作成という、なんともお粗末な成果物しかないわけで。

 

とどのつまりは、視覚に頼らずスマホやデバイスを操作するということは、思いのほか重労働なのだ。普段から何気なく視覚に頼って生活しているわれわれには、決して感じることのできない苦労がそこにはある。そのことを、身に染みて感じる数時間だった。

(よし、次はradikoの操作へ移ろう・・)

夜はまだ明けない。なんとか朝になる前に、このガラケースマホを使いこなせるようにならねば——。

 

サムネイル/Mode1RETROⅡ(モードワンレトロツー)

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