(・・ん?なんだこのベタベタは)
人さし指のツメにヒビが入るほど、熱心にピアノの練習をしているわたし。
だが、昨日まではこのベタベタに気がつかなかったわけで、それほど練習に没頭していた証拠だろうか。
今朝、ピアノの鍵盤に触れたわたしは、表面がやけに粘っていて触り心地が悪いことに気がついた。
そして異変を感じた当該白鍵に顔を近づけると、そこには薄いグレーの汚れが付着していたのだ。
(指に巻いていたテーピングの糊か・・・)
——ハッキリ言って、これは最悪だ。なぜなら当該白鍵のみならず、その付近の黒鍵もべたついている。いや、そこからかなり離れた鍵盤も、触れば触るほどベタベタではないか!!!
(手元にはピアノ塗面の汚れ落とししかない。そこに記載されている注意事項に、「鍵盤には使用しないでください」と書かれてある・・)
そこでわたしは、調律師の友人から教えてもらった"鍵盤の手入れの仕方"である「食器用洗剤を薄めて拭く」というのを試してみた。
(やべぇ、泡が立ってる・・・)
何ごとも限度を知らないわたしは、「洗剤を薄める」という文字情報だけでは、適量加減が分からなかった。そのため「こんなもんだろう・・」と勢いでやってみたところ、見事に泡を吹いてしまったのだ。
仕方がないので、今度は水で濡らしたペーパータオルを使って鍵盤を拭き取った。しかしピアノの鍵盤は木材でできているので、びしょびしょに濡らせば問題があるだろう。そこで、固く絞った状態で二度三度と拭き直した。
それでも鍵盤はべたついていた。それを見たわたしは、とてもイライラした。
(なぜだ・・・泡が立つほど洗剤をつけて擦ったというのに、なぜべたついているんだ)
ちなみに、自分の指についたテーピングの糊は、剥ぎとったテーピングの粘着部分でペタペタやることで、粘着材同士がくっついてキレイになる。
もしくは、ハンドクリームを塗りたくると油分が糊を浮かせることから、一気にサラサラになるのだ。
このように、自分の手についた糊ならばいくらでも落とせるのだが、木材の表面を塗装したピアノの鍵盤に付着した糊を、どうやったらきれいさっぱり除去できるのか分からない。
(あ!そういえば・・・)
そのときわたしは、とある出来事を思い出した。
いつだったか、しばらく誰も使わなかったジムのマットへ足を踏み入れたところ、なんだがベタベタしていたのだ。おまけに真っ白だったマットが、どことなく黒ずんでいたり——。
それを見た師匠が、一生懸命拭き掃除をするなどマットを磨いてくれたのだが、それでも若干のべたつきは消えなかった。
ところが、そのマットを使うようになってからしばらくすると、なんと、新品同様の白さとツルツルな表面が戻っていたのだ。
思うに、マットの上を転がったり道着で擦れたりするうちに、表面に染み込んでいた汚れをこすり取ったのだろう。
(スパーリングしながら汚れ落としをしていたのか・・)
それでも、綺麗なジムが復活したことに皆が喜んだのであった。
そんな過去の出来事を思い出したわたしは、すぐさまピアノの練習を始めた。もしかすると、わたしが弾き続けるうちにベタベタが取り除かれるかもしれない——。
そう信じて弾き続けること二時間。鍵盤のベタベタは相変わらずだったが、それどころか、わたしの指先まで無駄にべたついてしまったのだ。
(クソッ!!なんだってわたしの指先にテーピングの糊のカスが付いてるんだ!!!)
こうなったらやることは一つ・・そう、シールはがしを使うしかない。
わが家には"シール剥がし"というとっておきのアイテムがある。その名も「超絶!シールはがし」といい、低臭タイプの第一石油類・危険等級Ⅱのスプレーである。
これを使って、フローリングにこびりついたガムテープの跡をキレイにはがしたことがあるので、こいつの威力が強大かつ信頼できるものであることは確か。
だが果たして、鍵盤の表面はこいつのパワーに耐え得るのだろうか——。
「塗装・プラスチック・ゴムを溶かします。貴重品、高価格品(車・バイク・高級家具)、木材・下地の材質が確認できないものには使用しないでください」
注意書きを読んだ限り、とてもじゃないが鍵盤のベタベタをとるのに使っていいはずがない・・という雰囲気である。
それでももう、こいつ以外に頼れる存在がいないのだ。やるしかない——。
わたしは、ペーパータオルにスプレーを吹き付けると、当該白鍵に押し当ててから引き抜いてみた・・・さぁどうだ?!
(おぉ、ツルツルになった!!!)
さすがは超絶!シールはがし。中性洗剤で何度拭いても変化のなかった粘着材を、あっというまに払拭してしまったのだ。
嬉しくなったわたしは、そのまま次々に鍵盤を拭き取った。なんだ、心配することなかったな——。
調子よく拭き進めていくも、そろそろシールはがしが乾いてきた。そこで、新たに塗布しようとペーパータオルを裏返したところ、なんと、真っ黒になっていたのだ。
(え?こんなに汚れてたっけ・・・)
——違う、これは黒鍵の塗料だ。
そう、ペーパータオルに付着した黒色は汚れなんかではない。まさかの、黒鍵の塗装まで除去してしまったのだ。
(ヤバいヤバい!!!あまりゴシゴシしちゃダメだ!!!)
それからのわたしは、職人ばりに真剣かつ手際よく鍵盤を拭き取った。
およそ一秒、除去剤が沁み込んだペーパータオルをしっかりと鍵盤に押し付け、すぐさま拭き取る。・・この繰り返しで、鍵盤の表面の塗装を剥がすことなく、テーピングの粘着材だけを除去することに成功した。
——これは経験から身についた"技術"である。
この力加減をどうやって説明したらいいのかは分からないが、とにかく、わたしに任せたら鍵盤の表面を傷つけることなく、ベタベタを取り除くことができる・・ということを、この場で断言しよう。
*
こうしてわたしは、「シールはがし職人」というセカンドキャリアを手に入れたのであった。
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