昨年のクリスマス、我がマンションで何があったんだ?

Pocket

 

「昨年のクリスマスの日、おたくのマンションで何があったの?」

近所で喫茶店を営むマスターが、世間話のついでにそう尋ねてきた。

昨年のクリスマスということは、今から三ヶ月前のこと。その日に何があったかといわれても、とくに変わったことはなかったのでは——。

 

念のためスマホのカレンダーを見直すも、これといってセンセーショナルな予定は記録されていない。むしろ、なぜそんなことを聞くのか、こちらが質問返しをしたい気分である。

するとマスターは「え、知らないの?」と驚きを隠せない様子で、それでいて「しまった!余計なことを口走った」という表情をみせた。

・・こうなったら、昨年のクリスマスにわたしのマンションで何があったのか、マスターが知っていることを洗いざらい吐いてもらおうじゃないか。

 

「ちょっと言いにくいんだけど、事件というか事故というか・・誰か亡くなったとかいう話、聞いてない?」

 

なななんと!我がマンションで死亡事故だか事件だかが起きたというのか!?居住者であるにもかかわらず、それは初耳である。

どうやら昨年のクリスマスに、マンションを取り囲むようにブルーシートが張られて、低層階から遺体が運び出された模様。

しかし私服警官(刑事)は居なかったことから、事件ではなく事故・・つまり自死の可能性が高いのではないかと、巷では噂になっているのだそう。

 

わたしは10年近くこのマンションで暮らしているにもかかわらず、そんな大事件(事故)があったとは露知らず、今日まで呑気に過ごしてきた。

しかも事件当日は、たくさんのパトカーが周辺を包囲しており、なんとも異様な光景だったとのこと。

(パトカーはサイレンを鳴らさずにやってきたのだろうか・・?)

 

——いや、待てよ。これはなんとも奇妙な話だ。

クリスマスの日にわたしは、いったい何をしていたのか。その日の記憶がないのは今に始まったことではないが、さすがにコーヒーやケーキを買うなりなんなりで、外出くらいはしただろう。

仮に外出をしなかったとしても、自宅にいればパトカーのサイレンくらいは聞こえたはず。百歩譲ってサイレンを鳴らさずにパトカーが集合したとしても、自殺ならば救急車が来るだろう。そしてマンション付近で停車したならば、室内にいても「おや?」と気がつくに決まっている。

だがそんな記憶はないし、もしも事件めいた状況にあったならば、すかさずこのブログで発信するだろう。それをしていないということは、本当にわたしは事件(事故)に気がつかなかったのだ。

 

(さすがに、自分の住んでいるマンションでそんなことがあって、気づかないバカはいない。もしかするとマスターの勘違いなんじゃ・・・)

どうしても納得のいかないわたしは、むしろマスターの記憶違いを疑った。そのくらい、昨年のクリスマスになんらかの異変があったなど、到底信じられないのである。

 

こういう時に居住者同士でつながりがあると便利だが、都会のマンションなど顔も名前も知らない赤の他人の集合体であり、むしろ誰とも会わず誰ともすれ違わず、居住者の存在すら忘れつつあるほどで——。

 

 

「あのぉ、昨年のクリスマスにこのマンションで誰か亡くなりました?」

 

退去後の室内メンテナンスに訪れた内装業者と鉢合わせたわたしは、唐突にこう質問してみた。

彼の顔は何度か見かけたことがある。たしか、このマンションの構造的なクレーム対応をしてくれる業者の兄ちゃんだ。ということは、下の階でなにかが起きたのならば彼が対応しているはず。

 

すると兄ちゃんは「あぁ、バレたか」という表情を浮かべながら、

「いやぁ・・なにかあったみたいですけど、僕ら業者は口外できないんで、ごめんなさい」

と言いながら逃げていった。

 

・・・要するに、ビンゴということだ。

 

そういえば、チェーンソーで木材を切る音が鳴り響いてうるさい時期があった。思えばあれは、年末年始あたりだっただろうか。

それでもわたしが入居した当時、電動のこぎりやインパクトを使って夜中まで作業をしたことを思い出し、「このくらいの騒音は我慢してやろう」などとつぶやいた記憶がある。

 

——まさかあれは、フローリングを引っぺがして張り替えた音だったのか?つまり、床まで"ナニか"が染み込むほどの大惨事が起きた・・ということなのか??

 

管理会社からはこれといって連絡もないし、見ず知らずの居住者を捕まえて問いただすわけにもいかない。とはいえ、このまま何もなかったテイでスルーするのも癪だ・・。

そんなことを思いながら、わたしはふとよからぬことに気がついてしまった。

 

(そういえば二階に住んでた白髪の女性、最近見ないな・・・)

 

 

出会いがあれば別れもある——これは人の世の常である。

 

Illustrated by 希鳳

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です