できない理由を並べる秀才とできる理由を見つける凡人と

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自由奔放、傍若無人。

まるでジャイアンの私だが、一度だけ組織に属したことがある。

 

その組織のトップは作家の曽野綾子さん。

 

彼女は女性でありながらなんとも男性の匂いがした。

ファッションに敏感で所作も美しい才媛だが、歯に衣着せぬ物言いは実に男らしい。

 

ある時、業務視察でアフリカを訪れた曽野さんは、

 

「1週間くらい風呂や歯みがきができなくても平気です」

 

と言った。

 

女性ならば清潔を保てないことを嫌う。

ましてや著名人である彼女の指示ならば、アフリカの僻地であってもお湯や歯ブラシが出てくるかもしれない。

 

だがそういった特別待遇をものすごく嫌う人だった。

 

そして、

 

「私たちはお客さんとしてここにいるわけではない」

 

そう強く言い切る曽野さんから、本当に知るべき真実のあり方を学んだ気がする。

 

そして彼女こそ、私にとって初めてのボスであり、初めての雇い主だった。

 

 

曽野会長との思い出といえば、怒られたことしか思い出せない。

 

そもそもオマケでくっ付いているような新入職員と、組織のトップが交流することなどあまりない。

大げさな言い方をしなくても、雲の上の存在だ。

 

ある日、

著名ピアニスト(作曲家)から弊組織へ、グランドピアノの最高峰であるスタインウェイが送られた。

 

ロビーに置かれたスタインウェイ。

これを弾く機会など、コンクールやコンサートしかない。

 

昼休み、私はこっそりスタインウェイを鳴らした。

これでも一応、本格的にピアノを弾いた過去はある。

少なくとも恥ずかしくない演奏を心がけた。

 

待ち合わせのお客さんが暇つぶしに私のピアノを聞くらいで、特に何も起きなかった。

そんなある日、

 

「まずいよ、曽野会長が怒ってるよ」

 

まさかのトップからの大目玉を食らったのだ。

 

あのスタインウェイは、ピアニストやピアニストの卵たちが演奏を披露するために置かれたものだった。

それを許可なく勝手に私が弾いていたのだから、それは怒られる。

 

組織に属していると上司から怒られることはあっても、組織のトップから直々に怒られることなどない。

それをいとも簡単に入社一年目の一兵卒が、幕僚長、いや最高指揮官である内閣総理大臣に怒られたのだ。

 

「なんで勝手に弾いたのよ」

 

やや怒り気味の同僚。

 

「だってピアノは飾り物じゃないし」

 

一丁前なことを言ってはみたが、底辺の私に後はないわけで、組織をクビになる不安とトップを怒らせた恐怖に恐れ戦いていた。

 

 

時は過ぎ、私が組織を抜ける日が来た。

思い返せばなんの役にも立てず、派手に怒られたことくらいしか誇れる出来事はない。

そんな私だったが、曽野会長へ最後の挨拶に向かった。

 

「ほんとうにありがとうございました、そしていろいろ申し訳ありませんでした」

 

ありきたりな挨拶で部屋を出ようとしたとき、

 

「この世に秀才は多いです」

 

曽野会長が話し始めた。

 

「できない理由をたくさん思いつく秀才が多いです。

でもあなたは、たった一つのできる理由を思いつく凡人になってください」

 

一流作家が放った言葉に、私の胸は、脳はえぐられた。

 

ただ一言「ハイ」と答えるのが精一杯だった。

 

 

会長室のドアを閉めると同時に、涙がこぼれた。

 

私はこの3年間なにをしてきたのだろう。

「できる可能性」というものを探してきただろうか。

無理だと決めつけて逃げたことはなかっただろうか。

 

入社3年で組織に貢献できることなど無いに等しい。

それでも、全力で駆け抜けた3年間だったと胸を張って言えるのか。

 

ーー曽野会長からもらった最後の宿題は、今もなお作業途中だ

 

 

組織を去った私は、できる理由を思いつく凡人を目指した。

無理や不可能という言葉を避け、わずかな可能性を貫いてきた。

 

得られるものを吸い尽くし、干からびるまでまとわりつく。

そうやって今日まで生きてきた。

 

いつか曽野会長と会うことがあれば、今度こそ胸を張って

 

「立派な凡人に成り上がりました」

 

と言えるように。

 

 

そしていま、私は自営業者として誰の指図も受けず、自由気ままに生きている。

 

しかし時には「ボス」の下につくこともある。

 

ボスは部下へ何かを与える存在。

それは課題かもしれないし、感化かもしれない。

 

だが、ボスとの出会いで人生を大きく変えることができる。

つまりどう受け取るのかは、部下次第だ。

 

ーー私の凡人への旅はまだまだつづく

 

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