忠犬URABE

Pocket

 

これは「さすが」というべきか、わたしの後輩が恐るべき底力を見せつけた。

「我こそがURABEを手懐けるに相応しい、猛獣使いである!」と言わんばかりに、彼女は涼し気な顔で薄いブルーの包物を手渡してきた。

——それは、わたしの大好物である「風船パン」だった。

 

そもそも昨日、大阪から上京してきた後輩は、あいさつ代わりに"堂島カラメルバウムクーヘン"を差し出してきた。これは、手土産というにはもったいないほど、上質なバウムクーヘンだった。ほろ苦いカラメルソースが、バウムクーヘンの甘さとマッチして、容易く一気食いができてしまう逸品である。

だがわたしは、堂島カラメルバウムクーヘンの仲間で「京都抹茶ラテバウムクーヘン」という輝かしいい存在を知ってしまったのだ。そしてわたしは、なにを隠そう"抹茶マニア"であるため、なぜ後輩は抹茶ではなくカラメルを選んだのか疑問に思ったのだ。

 

答えは一択、その場になかったからです。もちろん、飼い慣らしている私なら、濃厚抹茶などと書いてたらそっちを迷わず手に取ってます!」

先輩であるこちらがビビるほど、わたしを完全に飼い慣らしている自信しかないであろう後輩が、抹茶を購入しなかった理由を鼻息荒く述べた。あ、あぁ・・そ、そうだったのね——。

 

だがどうやら、この「疑問」が彼女の飼い主魂に火を点けたらしい。「もしかして、アタシが抹茶好きなの忘れてたんじゃないの?」などと、まさかの疑いの目を向けられるとは至極心外だったのだろう。

その結果、プライドを傷つけられた後輩は、三軒茶屋にあるジュウニブンベーカリーで"風船パン"を購入してきたのだ。

 

そもそもこの風船パンも、後輩が食べさせてくれたのがきっかけだった。

「バターたっぷりのフワフワなパン、好きですよね?」

そう言いながら、薄いブルーの紙に包まれたまぁるい提灯(ちょうちん)を取り出した彼女。これこそが風船パンとの出会いであり、一口食べた瞬間にとりことなってしまった。

あの時は、心の底から「さすがだなぁ」と感心したものである。

 

そんな"してやったり"の優越感を覚えているであろう後輩は、「おまえの好みなど、言われなくともわかっておるわ!」と言わんばかりに、わたしの好物である貴重なパンをわざわざ買ってきたのだ。そして得意気に、わたしの目の前でブラブラと揺らしたわけだ。

ヘッヘッとヨダレを垂らしながら尻尾を振る、忠犬・URABE。・・こうして、いとも簡単に後輩の僕(しもべ)となったのである。

 

ところが、彼女のプライドはエベレストよりも高く、マリアナ海溝よりも深かったのだろう。風船パンで目をハートにしているわたしを尻目に、バッグの中から薄っぺらい何かを取り出した。

「これ、あげます」

そう言いながら差し出してきたのは、カピバラが花を抱えている絵のカードだった。

言わずもがな、わたしはカピバラマニアである。抹茶とカピバラ、甲乙つけがたいほどに両者を愛するわたしの、趣味嗜好を完全に把握し、コントロールしていることを見せつけたかったのだろうか。リアリティー溢れるカピバラが描かれた、水彩画の絵ハガキを買っておいてくれたのだ。

 

しかもこれ、なんと日本製ではない。彼女が台湾を旅行した際にカピバラの絵が目に留まり、わたしのために購入してくれたのだそう。

——さすがは飼い主である。ペットの好みを熟知しているからこそ、いつどんな時でもカピバラを見れば反射的に手が出るという、まさに飼い主の鏡だ。

 

さらにこの絵ハガキ、カピバラが胸の前で抱えている花束が、紅白のドライフラワーでできている。そんな僅かな立体感ではあるが、まるでカピバラに命が吹き込まれたかのような感覚に、ある種の感動を覚えたのである。

(あぁ、持つべき後輩はわたしを飼いならしてくれる、敏腕の後輩だ!)

 

嬉しそうに微笑むカピバラを見ながら、わたしももっと嬉しそうにニヤニヤするのであった。

 

Pocket