日本の医療機関は、心身の不調を訴えて訪れた人間をタダでは返さない。タダとは金額の話ではない、診断についてだ。
無論、来訪者は心身のいずれか、あるいは両方に不調を感じているため、何らかの病気であると診断され、その治療薬がもらえれば安心する。
とはいえ、いくら検査を重ねても原因不明という場合もある。そんなときは「不定愁訴」ということで、自律神経失調症などが疑われる。
つまり、本人が「おかしい」と感じている場合には、ほぼ確実に、何らかの病気が潜んでいるという判断になるのだ。
よく、冗談交じりに「あいつは虚言壁がある!」とか「このアル中め!」などとディスることがあるが、実はこれにも立派な病名がついている。
WHOの承認を得て発行される「ICD-10」という、各種疾病の分類が記載されている本がある。
3年前、ICD-11が承認されたばかりだが、それまでのおよそ30年間、ICD-10によって疾病概念や分類が示されてきた。
ICDの正式名称は、「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)」といい、身体疾患から精神障害までを網羅的に分類し、コードを付与することでシステム化したものである。
殊に日本では、政府も裁判所も率先してICDコードを用いる。例えば障害年金や障害者手帳の申請、死亡診断書の作成時などには欠かせないものとなっている。
そしてこのICD-10によると、「F602」というコードには「空想虚言症」という病名が確認できる。同じく「F102」はアルコール依存症、「F105」にはアルコール性嫉妬・・・なんてものまでが、病名として記載されている。
とにかく、「なんかおかしい」と思われる言動や挙動は、必ずと言っていいほど何らかの病名がつくのだ。
言い方は悪いが、病人だからと犯罪行為が許されていたら、被害にあった人は報われない。
精神病性障害のある人間が、故意に殺人を犯しても極刑を免れるというのは、個人的には受け入れがたい判断である。
これは、身体ではなく精神が殺された場合も同じだ。
友人がストーカー被害にあっている。痴情のもつれなどではなく、頭のおかしい粘着質な老人から、メールや電話で執拗に付きまとわれているのだ。
「これがもしも私ならば」と自分事として考えてみると、あれこれ様々なアイディアが浮かんでくる。まずはああして、次にこうして・・・。
しかし皮肉にも、私のように太々しく待ち構えている輩の前には、こういった常軌を逸した野郎は現れないものなのだ。
正直なところ、メールによる言葉の攻撃はさほど問題ではない。論理的思考を持ち合わせず、イメージ力も語彙力も乏しい老人が、誰かに向かって刺さる言葉を投げつけることなど、できるわけがないからだ。
よって、無意味なアナグラムだと思って読み飛ばせばいい。
ところが画像やイラストなど、瞬間的に脳裏に焼き付いてしまうコンテンツは、非常に問題がある。
そして老人は、とあるイラスト(デッサン)を送りつけることで、友人の心を崩壊させることに成功した。
その絵を見た瞬間、私は生々しい怒りが込み上げてきた。
狂った老人が送り付けて来たデッサンとは、広い荒野に置き去りにされた、全裸の女性の死体だった。
もう少し詳しく描写すると、死体の下腹部あたりに長い棒が突き刺さっており、両足はおかしな方向へ曲がっている。さらに腹は歪に膨れ上がり、死後かなりの時間が経過していることがうかがえる。
もはや性別の判断もできないくらいに腐敗しているが、むき出しの下腹部が必要以上に克明に描かれていることから、この死体が「女」であることが分かるのだ。
そしてこのスクショと共に、わざとらしいにもほどがある一言が添えられていた。
「これってなに?」
然るべき場所で、この行為について尋ねられたとすれば、老人はきっとこう答えるだろう。
「なにを表した絵なのか、本当に分からなかったんです」
しらじらしさに反吐が出る。さらに精神鑑定でもすれば心神耗弱者に該当するのだろう。その結果、こういった行動は病気から来るものであり、老人の刑事責任能力は必ずしも問えないというオチ。
では、その心神耗弱者から送り付けられてきた画像により、心に深い傷とトラウマを植え付けられた彼女は、「もらい事故にあった不運な女」ということで片付けられるのだろうか。
常套句として、
「病気だからこそ、異常行動をとるんだよ」
というセリフは耳タコであり、百も承知している。
だが、相手が嫌がると分かっている上で、いや、潜在的な感覚として本能的に理解しているにもかかわらず、ああいった行動を実行できるというのは、心神喪失でも心神耗弱でもなんでもない。確信犯である。
恐怖や憎悪を植え付けることほど、悪質なダメージの与え方はない。
私はあの老人を、絶対に許さない。
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