変異株か廃人か

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とうとうスマホの顔認証がわたしの顔を認識しなくなった。

アメリカから帰国後、軟禁状態の日々を過ごすわたしは、当然ながら風呂も入らなければ顔も洗わない。歯ぐらいはたまに磨くが、その他の身体の清潔を保つ行為は一切行わない。

 

使い捨てコンタクトはもったいないので使用せず、度の強いメガネでしのぐ。メガネとは不思議なもので、まばたきの際にまつ毛がレンズに触れて汚れが付着し、あるいは、メガネをかけたまま昼寝をした際にまぶたがレンズに触れて曇るなど、とくに手で触らなくてもレンズは汚れるもの。

そして汚れのせいでパソコンの文字が読みにくくなったら、メガネのシャンプーで洗浄する。そう、メガネっ子は絶対にメガネのシャンプーを使うべきだ。

その辺のメガネ拭きでこすったり、水で洗ったりしたところで汚れをこすりつけるだけでキレイにはならない。それに比べてメガネのシャンプーは、プシュッと一泡吹きつけるだけ。あとは水で洗い流せば新品同様、ピカピカのレンズに生まれ変わる。

 

そういえば爪も切っていない。この一週間、身体活動がまったく行われないせいか爪の伸びが遅い。つまりわたしの体は、正常で健康な人間としての活動を放棄させられ強制的に病人のような生活を送らされているのだ。

自由を奪われ、ただただ平和なハコを与えられただけでは、人間の健全さは損なわれていくのだと実感する。感情はフラットになり、興味も意欲も薄れていく。

 

よって、身体活動の制限は精神を蝕(むしば)む、と断言する。

 

思考が停止するわけではないがフラットになってくると、不思議な現象が起きる。例えば、帰国者は毎日欠かさず対応しなければならない「位置情報の確認(GPS)」と「居所確認(テレビ電話)」について。

もちろん、通知に気付かない場合もあるわけで、正常な精神状態でも100パーセント応答できるわけではない。昼寝をしていたり、トイレで踏ん張っていたり、長風呂に浸かっていたり、日常生活において常にスマホへ注意を向けているとは限らないからだ。

 

しかし精神的にフラットで妙になめらかな状態が続くと、目の前で鳴っているスマホを見つめながらも応答しなくなる。つまり、電話に出ないのだ。

しかもこれは単なる着信ではなく、応答することが帰国者の義務であり、誓約書にサインまでさせられているわけで、セールス電話を無視するのとはわけが違う。

にもかかわらず着信拒否のボタンを押してみたり、着信が切れるまでずっと鳴らしておいたりと、通常ではありえない異常な行動に出るのだ。

 

だがこれも、そのような精神状態に追い込んだ厚労省のやり方に問題がある。繰り返しになるが、精神の健康は身体の健康とリンクしている。よって、外へ出て体を動かすことや汗を流すことは、言うまでもなく健康を保つためには絶対的に必要な行為である。

閑散とした街中をランニングすることで、コロナに感染するのだろうか?もしもこのような、健康被害をもたらす可能性のある行動制限を課すならば、立案者らが自ら事前に体験し確認するべきだ。

 

狭い部屋に押し込められて外出もせず、毎日スマホで監視される生活を2週間送ることで、確率の低いコロナ変異株の伝播よりも、重篤な健康被害を引き起こす可能性の方が現実的であるということを――。

 

こうして廃人の容貌となったわたしは、己のスマホからも認識されなくなった。スマホのロックを解除しようと、何度顔を向けてもはじかれる。数日前まではすんなり認識されていたはずだが、昨日あたりから一発では認められなくなった。

そして今日は何度トライしても否定され、挙句の果てにはパスコードでしか解除できなくなってしまった。

 

(一体、わたしはどのように映っているんだ?)

 

そこへ、本日最後の居所確認のテレビ電話がかかってきた。真っ暗な室内でフードを目深にかぶった強度近視の小汚い廃人が、同じく真っ暗な画面に向かって不気味な笑顔で自分を映す。

――こんなことをして何になるというんだ。

 

わたしはいま、正常と異常の狭間をフラフラしている。

 

サムネイル by 希鳳

 

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