ーーあれから7年が経過した。
正直なところ、最初「私は要らないんじゃないか」と思っていた。
私、すなわち社労士を顧問につけるということは、コンプライアンスの徹底が条件となり、職人気質の商売の足を引っ張りかねないからだ。
もう一つの理由として、あまりにプロフェッショナルな人材が揃いすぎていた。これはもはや労働者の範疇を超えた人選ゆえ、労働法という狭い枠組みでは管理しきれないし、すべきではない。
それでもオーナーの太田は私と顧問契約を交わした。
店舗オープンから数年後、労働基準監督署の調査があった。2時間におよぶ調査の末、担当した監督官は目を輝かせながら、
「僕、ピッツァ食べにこのお店へ行ってみます」
と言ってくれた。
調査とは関係のないこの発言に至った経緯は割愛するが、一言で表すと「魅力」しかないピッツェリア、それがこの店だろう。
*
La TRIPLETTA(ラ・トリプレッタ)は、目黒から2駅目の武蔵小山にある、都内を代表するピッツェリア。
「粉ものなんてさほど違いはないだろう」と考えている人がいたら、ぜひ一度トリプレッタを訪れてほしい。ピッツァの美味さは生地にあり、生地だけを食べても感じる甘みやうま味、小麦の味というものを、ピッツァイオーロ(ピッツァ職人)の太田が提供してくれるはず。
さらに驚くのはスタッフのクオリティ。私が社労士としてこの会社と関わりたくない、と思った一番の理由がここにある。特にオープン当初のスタッフは、少人数ながらも役者が揃っていた。
マネージャーの金井は元サッカー選手であり元舞台俳優でもある。身体能力の高さにプラスして演技で磨かれた接客術は、凡人が真似できるレベルではない。
金井の気配りと洞察力は常軌を逸する。
彼に声をかけられた顧客らはみな、自然と会話がはずみ料理に手が伸びる。どんな相手に対しても話題の的を外さない、そんな人心掌握術を金井は心得ている。
ホールスタッフでありソムリエも務める川原は、敵を作らない才能の持ち主。包み込むような笑顔と華奢な容姿は、女性や子どもウケが抜群。
強欲さのかけらもない、のほほんとした穏やかな表情の奥には、慶応大卒の高いIQが見え隠れする。
顧客のちょっとしたしぐさやテーブル状況に反応し、その場に適したドリンクを提案できるのは、彼独自の顧客分析によるもの。
そして名シェフ、川田の存在は忘れられない。川田は昨年12月、新宿区(牛込神楽坂)に待望のイタリアンレストランをオープン。それゆえ、残念ながら彼とトリプレッタで会うことはもう叶わない。
そんな川田の店の名は「BERETTA(ベレッタ)」。奇しくも、私が所持するショットガンメーカーから名付けられた。
川田の料理には魂がこもっている。後にも先にもあれほど美味い「肉」を食べたことがない。そんな衝撃的なバイタリティーを、彼の肉料理は放つ。
これほどの個性豊かで多才な役者陣をまとめ上げる太田は、驚くことにイケメンでチャラい兄ちゃんにしか見えない。
しかし人間、見た目ではない。
フタを開けると太田は某国立大学出身。だが休学の末、4年目に大学を辞めている。なんと休学していた2年間、調理師専門学校へ通い、料理人として、そして経営者としての土台を築いていた。
「ピッツァが好きだからピッツァで生きる」と決めた25歳の太田は、単身でイタリアを訪れる。数々のピッツェリアで実食し、その上で修業先を見つけるという無鉄砲さ。しかし、だからこそ身についたスキルがあると言う。
「アジア人だから舐められる。いきなり焼いてみろ!とか言われて」
そんな時、太田はすぐにピッツァを焼かない。
「僕より先に焼いてる人を見てると、生地の硬さや特徴がわかる。あとは窯をよく見て、温度や構造なんかを。そしたら一発で完璧なピッツァが焼けますよ」
その店のオーナー(イオーロ)が好むピッツァを、ノーミスかつ一発で出してみせるアジア人。皿に載せられた見事なピッツァこそが、人種を超えた称賛となる。
だからこそ、
「世界中どこへ行っても、一発で完璧なピッツァを焼く自信がある」
と、太田は断言する。
太田が天才であるかどうかは別として、人を見抜く力に長けていることは間違いない。高校時代、テストの点数は学年トップだったそう。その理由として本人は、
「先生がテストに出してきそうなところだけ、勉強してた」
と明かす。勉強ができるかどうかより、テストを作成する「先生の好み」を知ることで、高得点につなげる手法を身につけていたのだ。
そんな鑑識眼を持つ太田がヘッドハントした3人と共に、ラ・トリプレッタは7年前の2月22日、産声を上げた。
*
2017年、太田は実家である静岡に、地産地消・イタリアンジェラート専門店の「La DOPPIETTA」をオープン。
その姉妹店となる「La DOPPIETTA TOKYO PLUS」が昨年7月、武蔵小山に誕生した。
特筆すべきは、店長・丸山の本職が「和太鼓奏者」であることだろう。海外公演もこなす著名アーティストの彼女は、伝統と現代の融合を和太鼓を通じて表現する。
かつて丸山は「トリプレッタ」のスタッフとして働いていた。しかし「スポーツやアートで活躍する人を応援したい」と考える太田が、丸山の活動をサポートしつつ、もう一つのキャリアを育むチャレンジを提案した。それが「トーキョープラス」の店長、という役割だった。
とにかく、こんな「映(バ)える」メンバーが集まった会社など、社労士としては恐ろしくて関わりたくなかった。
それでも7年、振り返れば見事な轍(わだち)ができている。
トリプレッタを巣立った川田は長年の夢である自分のレストランをオープン。
演者でありマネージャーの金井はひそかに映画監督の夢を目論む。
学生時代トランペッターだった川原はアンブシュアに疼き始めた。
和太鼓奏者の丸山は100年後の伝統芸能へバトンを継なぐ役割を果たしたいと願う。
ーー会社で働くことだけが人生じゃない。誰かの人生に良い影響を与えられるのならば、その手伝いをしたい。
そう語るイケメン太田は、一体どこまでイケメンなのだろうか。
7周年記念のマルゲリータを頬張りながら、トリプレッタの未来を想像する。
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