いつだったか、弁護士の友人から「集中して書面を作成したいから、この時間帯は連絡しないでもらえる?」と念を押されたことがある。
対するわたしは、大した書面を作る機会などほとんどないが、唯一、彼と同じ状況に至ることがあると気付いた。それは、障害年金の「病歴・就労状況等申立書」を作成するときだ。
病歴・就労状況等申立書とは、障害の原因となる傷病が発生してから現在までの状況——主に、日常生活や就労にどのような不便や支障があるのかを時系列に記載する書類なのだが、殊に精神疾患による障害認定を目指す際の申立書は、わたし自身に十分な気力と体力がなければ作成困難となる「重さ」がある。
どちらかというと楽天的な性格だが、精神疾患の患者または家族と面談する際には、前日から脳内をトーンダウンさせる・・というか、日常モードから障害年金モードに切り替えて臨むのが、わたし流。正確には、気持ちが勝手にそちらへ傾いてしまうため、「前日に浮かれた気分になることはない」という程度の心構えなのだが、それでも自身の感情を沈めてフラットな状態で聴取することを心がけている。
・・話は逸れるが、かつて友人がこんな話をしてくれた。
彼の母は現代医学では治療が難しい病を患っており、症状が悪化するにつれて辛そうな表情を目にする機会が増えていった。しかも、言葉や記憶が自由にコントロールできない状況で、彼(息子)に向かって「ごめんね」と涙を流すこともあり、そのような母の姿を見るたびに「可哀そうだ」と、自身も辛い思いを噛みしめていたのだそう。
母親からすれば、家族らの介護なしでは生きていけない現実に、申し訳なさや虚しさを感じていたのかもしれない。さらに、今となっては認知機能も低下したため、もはや何を考えている(思っている)のかも分からない状態となってしまった。
それでも、彼女は「可哀そう」だなんて思ってもらいたくはないのではないか——と、わたしは考えた。本人の辛さはどこまでいっても本人にしか知り得ないもので、同じ経験や痛みを味わったとしても、やはり当人のソレとは異なるもの。むしろ、今を生きることに精一杯であり、自身を客観視できるだけの余裕すらない状況なのだから、他人からどう思われようが「余計なお世話」でしかない。
(当然ながらそのような図々しい発想はないだろうし、他人からの励ましや思いやりは有難く受け止めているに違いない。それでも、そのような感覚すら認知できなくなった状況下における、この世の誰にも想像できない「想像上の話」という前提で)
たとえば動物は、この世を去る最後の瞬間まで必死に生きており、そこには「生きる」という意思以外の雑念は存在しないだろう。ただ、そんな健気な姿を見た人間が、勝手に「可哀そう」と感情移入するだけで。
もちろん、誰がどう思おうが個人の自由であり、他人にとやかく言われる筋合いはない。その上でわたしは、病気や怪我で日常生活に不便を感じている者に対して、「可哀そう」という感情を抱くことはない——などというと、「血も涙もない冷酷な輩!」と非難されるかもしれないが、当人にしか知り得ない痛みや辛さについて少しでも理解してあげたい・・という気持ちよりも、その状態で対等に向き合うことを優先したいのだ。
憐れむことで相手の気持ちが楽になるのならば、いくらでも憐れもう。だが、そんなことよりも全力で生き抜いている現実を受け止め、同じく「今を生きる者」として対等に向き合いたいのである。
*
そして今日、障害年金の請求依頼を受けたわたしは、病に苦しむ患者の家族と面談をした。
生まれてから今日に至るまで、長きにわたる当人の人生とそれを支える家族の感情を紡いでいくと、心が割れんばかりの壮絶なストーリーが組み立てられていった。
前日から準備していた「心持ち」というかマインドセットが揺らぐほど、筆舌に尽くしがたい様々なエピソードを受け取ったわたしは、それらを一つずつ繋いで申立書を完成させなければならない。しかも、この脆くも強烈なエピソードこそが何事にも代え難い事実であり現実であるわけで、それらを認定医(審査担当者)に対して文字のみで完璧に伝えきることが、わたしに課せられた使命かつ職務なのだ・・と、改めて身が引き締まる思いに駆られた。
そんな「依頼人から受け取ったバトン」を、二人三脚で未来へとつなぐことを誓う深夜なのであった。




















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