(ね、眠れない・・・)
ベッドに入ってから2時間が経過するが、明日のことを考えると脳が活性化してしまい、とてもじゃないが眠ることなどできないわたしがいる。起床まであと2時間しかないのに、このままでは一睡もできないまま明日を迎えることに——。
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レコーディングダイエットを開始してから一週間が経過するが、飲み食いしたことをアプリに記録するのが「とにかく面倒くさい」と感じるわたしは、トータルの飲食物摂取量が確実に減った。
それに伴い体重も落ちているのは当然のことだが、わたしの目標は「内臓脂肪を薄くすること」なので、どちらかというと量よりも「食べ物の種類」に配慮しつつ、飲み食いできる時——今となっては”ものすごく貴重で幸せな瞬間”を楽しみに、毎日を過ごしているのである。
加えて、夜9時以降は水分以外は口にしないと決めているため、何らかの都合で21時前までに食事がとれなかった場合は、残念ながら翌日まで持ち越しとなる。そのため、長いと15時間ほど断食状態が続くわけだが、だからといって空腹を感じることもなければ、体がヘロヘロになることもない。
そんな自分を見ていると、とてもじゃないがかつての暴飲暴食っぷりが信じられないのである。あれほどまでに、いつまでもダラダラと飲み食いしていたのはなぜなんだ? そして今、なんの苦労や苦痛を感じることなく低カロリーな生活を送れているのは・・というか、こんな食生活で体力も気力も十分なのは、一体なぜなんだ?
要するに、今までは「無意識のうちに強大な食欲に蝕まれ、自ら弄ばれていた」ということなのだろう。己の欲に従順なわたしは、むしろ腹など減っていなくても何か口に入れなければ気が済まなくなり、質より量を優先した結果、いついかなる時でも満腹を維持する習慣ができてしまったのだ。
その結果、胃袋は拡張し糖質過多による糖尿病となり(自称)、分厚い内臓脂肪が臓器を取り巻くようになった(推測というか想像)のである。
しかも、加齢に伴い代謝能力は落ちるため、不要なエネルギーを詰め込む必要がないのも事実。それどころか、消化・吸収に無駄な労力を費やさないことで内臓の過労を防ぐのだから、中年以降のオッサンオバサンらは多少の飢餓状態にあるほうが体調はいいはず。
つまり、今の食生活こそが自分にとってベストな状況なのだ。
——あぁ、そんなことは言われなくても分かっている。こちらとてダテに何十年も生きてきたわけじゃないし、食に対する強欲さが尋常ではないことくらい承知している。
だが、明日の食べ物のことを考えると夜もおちおち眠れないのだ。無論、腹が減って食べ物のことばかり考えている・・というわけではない。繰り返しになるが、断食状態が続いたところで空腹を感じることはなく、そのせいでイライラしたり眠れなくなったりすることもない。
ただ、明日の食事について考えると——何をどう食べるのがベストなのかを計算すると、その試行錯誤のせいで脳が活性化してしまうのだ。
今までは、目の前にある食べ物を片っ端から口へ放り込むことで満腹を確保していた。逆にいうと、空腹になどなるはずもないくらい常時飲み食いしていたため、食事についてあれこれ考える必要などなかったのだ。
仮に、もしも何かを考えていたとすると、目の前にあるものが「食べられるものなのか否か」ということくらいだろう。そんな本能的な食生活がデフォルトだったわたしが、今では「食べ物の種類」に気を配っているわけで、それはストレスになるに決まっている。
加えて、仕事や外出の予定が入ると、必然的に「食べることのできない物」が生まれてしまうため、そうなると食事管理の素人としてはどうすればいいのか分からず、むしろパニックに陥ってしまうのだ。
(明日は一日中外出の予定だから、何をどうやって食べたらアプリに怒られずに済むのだろうか・・)
こんなことに頭を悩ませているうちに、気が付けば起床時刻を迎えようとしていた。あぁ、ダイエットというのは想像以上に脳みそを使う競技だった——。




















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