一昨日って、大晦日だった?

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老若男女、誰もが毎年同じことを言う——といえば、12月に入った時点で「一年が経つのは早い」というセリフを口にすることだろう。

 

巷では「年を取ると、若い頃より時間経過が早く感じる」との声を聞くが、学生たちにとっても・・いや、彼ら彼女らからすれば、もっと早く青春という時間は過ぎ去っていくことだろう。

楽しい出来事や未知の世界が多い分、それらを処理することに脳が集中するため、時間経過への注意力が弱まった結果、気づけばあっという間に時が過ぎている・・というのがそのメカニズム。

対する中年世代は、”新しい出来事”というより仕事や家庭など日々の作業に追われることで、自分のための時間を得られた頃には一日が終わろうとしている・・なんてこともザラ。そんな多忙な毎日を繰り返すうちに、気づけばあっという間に一年が過ぎてしまうのは、残念ながら深く頷ける事実である。

 

さらに高齢者となると、脳機能のみならず身体の衰えや劣化の影響から、物事への興味が薄れたり睡眠時間が増えたりすることで、時間経過への注意力が減少する。その結果、こちらもまた「気づけば一年が過ぎていた」となるわけだ。

とはいえ、テレビを見て昼寝をして夕飯を食べて・・というように、あまり動くことなく部屋の中で受け身の生活を送っている者にとっては、逆に時間経過を気にするあまり「まだ〇分しか経ってない」と、時の流れを遅く感じることとなるわけだが。

 

・・ちょっと補足をしておこう。「時間経過に集中すると時が経つのが遅く感じる」というのはその通りなのだが、じつはそれだけでなく「身体的な代謝が激しい時」というのも、時間経過がゆっくりに感じられるものなのだ。たとえば、運動前のアップや息を上げるトレーニングなど、一定時間全力疾走しなければならないとなると、たとえ10秒だとしてもものすごく長く感じるのがいい例。

逆に、代謝が落ちている時は時間経過に対する感覚も鈍るため、あっという間に時が過ぎる。高熱でうなされている時など、ちょっとしか経っていないはずが気づけば1時間が過ぎていた・・なんて経験はないだろうか(この場合、知らぬ間に寝ている可能性もあるが)。

 

というわけで、時間経過というのは自分自身の状況によって、早く感じたり遅く感じたりするものなのだ。

よって、「なんか最近時間の流れが早いんだよなぁ」と感じる者は、代謝を上げるようなハードな運動に取り組むことをお勧めしよう。追い込めば追い込むほど、ものすごく長く感じる10秒・・という感覚をもって、早い流れの時間経過を相殺するのもまた一興、といったところ。

 

 

(などと呑気なことを言っている場合ではない・・)

閉じていた目を開けたわたしは、もうすでに翌朝が訪れていることに驚愕した。さっき目を閉じる前に時計を見たときは、たしか夜中の1時過ぎだった。抗えない眠気に襲われたわたしは、ちょっとだけソファで横になったのだ——昨日、すなわち元旦は朝からルーティンワークをこなし、その後もボチボチ仕事の対応をしつつ、なぜか異常に疲れている体を休ませるべくちょいちょい昼寝を挟んでいた。

それにしても、昼寝というのはじつに恐ろしいもので「気づけば3時間が経過していた」など、あっという間に未来へワープする傾向にある。今だって、開けた目を閉じてしばらくしてから再び開けてみると、なぜか一時間半も過ぎているではないか——こんな時間の進み方、あってはならない。

 

思い返せば元旦の昨日、わたしはなにもしていない。なんなら一歩も外へ出ていないし、極度の眠気に襲われた結果、そのほとんどを寝て過ごした気がする。その結果、気づけば元旦は終わっていたのだ。

「一年が経つのが早い」というが、もうすでに365分の1を無駄に消費してしまったわけで、しかもその内訳が”ほぼ空っぽ”という恥ずかしいものであるにもかかわらず、今となってはその一日を取り返すことはできない・・という、悔やんでも悔やみきれない過酷な現実を突きつけられ、ただただ項垂れることしかできない。

 

とにもかくにも、まさか「二日前が大晦日だった」とは、じつに信じがたい事実なのである。そのくらい、時間はあっという間に過ぎていくのだ。

 

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