(おっと・・もったいない)
露店にて購入した「白桃のかき氷」にスプーンを刺したわたしは、そのてっぺんに散りばめられていた白桃の果肉が転がり落ちたのを見て、すぐさま拾って口へと放り込んだ。
こんなにも甘くて美味しい桃を、テーブルに落としたくらいで放棄するなんて、とてもじゃないがわたしにはできない——。
我が国(?)には、食べ物に関する3秒ルールなるものが存在する。つまり、落としてから3秒以内に食べれば「セーフ!」なのだ。しかしながら、冷静に考えてみるとこれは危険な行為でもある。なんせ、食べ物を落としたところが清潔である保障などどこにもないのだから。
さらに、3秒以内に拾い上げたからといって、落下面に蔓延る菌やウイルスが付着していないとは言い切れない。それどころか、ニンゲンの目では視認できないほどの小ささであるアイツらにとっては、一秒・・いや一瞬あれば付着するのに十分だろう。
にもかかわらず楽観的で愚かなわれわれは、バスケのルールに則って「3秒以内ならばセーフ!」と、慌てて拾い上げては食べてしまうのだから滑稽である。テーブルなりなんなりが、皿やコップと同等に清潔であるはずもないのに——。
とはいえ、強欲の塊であるこのわたしが、大好物の白桃をテーブルにこぼしたくらいで諦めるわけがない。3秒どころか1分経っても拾い上げてシレっと食べるだろう。
なんせ過去には、イチゴを何パックか買ってレジを通す際に、誤って一粒こぼれ落ちたことがあった。店員のミスといえばミスだが、かといって一パックに12粒しか入っていないイチゴを、みすみす見逃すわけにはいかない。そこでわたしは店員にこう尋ねたのだ。
「このイチゴ、拾って食べてもいい?」
すると彼女は、驚いた表情でレジを打つ手を止めて「え・・あ、はい」と承諾してくれた。
実際のところ会計は済んでおらず、この時点でイチゴを食べる行為は万引きと同じ。だが、地面に落ちたイチゴを食べるのならば、できる限り早いほうがいい。そのスピードに理由も根拠もないが、心情的に「いち早く食べるべき」となるのは誰しもが理解できるだろう。
そんなわけで、地面に転がるイチゴを摘まみ上げるとフッと強く息を吹きかけ、そのままパクっと口へと放り込んだのだ——フレッシュで美味い!!
その一部始終を見守っていた店員は、しばらくの間わたしを凝視していたが、すぐさま正気に戻って会計金額を告げた。
(・・まぁ、休憩時間のネタにでもしてくれ)
*
このように、消化器官が強いからなのか運がいいからなのかは分からないが、地面に落ちたものを食べても平気なわたし——すなわち”食欲の権化”が、とある”恐ろしい話”を聞いて狼狽した。
アメリカに住む友人が教えてくれたのだが、「ダニに噛まれて肉が食べられなくなる、しかも一生・・」という、食べることが生き甲斐であるわたしにとって、もはや死刑宣告をされたかのような非情なニュース・・その内容とは、「アルファ・ガル症候群(Alpha-gal syndrome)」と呼ばれる獣肉アレルギーの話だった。
アメリカ南部から中西部を中心に生息する ローンスター・ティック(lone star tick) という種類のダニに噛まれると、体内に「アルファ・ガル」という糖質(哺乳類の赤肉に含まれる)が入り込み、その結果、体がこの糖質に対してアレルギー反応を示すことで、 牛肉・豚肉・羊肉などの「赤肉」を食べると蕁麻疹や呼吸困難などの症状が現れるのだそう。
症状が軽ければこの程度だが、重い場合はアナフィラキシーショックにより死に至る可能性も——。
そんな恐ろしいダニによる肉との決別は、アメリカのみならず日本でも警戒しなければならない。どうやら「マダニ」に咬まれることでも、同様のアレルギー反応を起こす体質となりうるのだそう。
静岡県にある磐田市立総合病院は、静岡県内で発症した獣肉アレルギーの原因が「マダニ刺咬症」であることをつきとめた。茶所である静岡において、茶業農家にマダニ刺咬症が多いことから力を入れているのだろうが、肌の露出度が高いわたしにとっても他人事では済まされない話題である。
(これは3秒ルールどころの話ではないぞ・・)
しかも、「血液型がB型またはAB型の人は、アルファ・ガル症候群になりにくい」という実験結果まで出ており、O型であるわたしは絶望的——。あぁ、願わくばB型に生まれたかった。
*
というわけで、食べ物への執着心に並々ならぬ熱意を示すわたしは、地面に落ちたものはそのまま食べるが、マダニがいるかもしれない草むらへは入らないことを強く誓うのであった。
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