ガクブルガクブル——。夏真っ盛りの青空を横目に、わたしは寒さで凍えていた。そう、ここは飛行機の中。高度一万メートルという上空は、マイナス50度の極寒の世界が広がっている。とはいえ機内は24度前後のため、長袖でも半袖でも快適に過ごせる温度のはず。それなのに、なんなんだこの寒さは——。
ちなみに、アレは国際線だけなのだろうか。頭上に丸っこい空調装置がついており、アレの向きを変えたり出口を塞いだりすることで、寒さから身を守り眠りにつくことができるのは。今わたしが乗っているJALの機体は、頭上に手をかざしても空調らしきものは見当たらないし、冷気を吹きつけてもいない。どちらかというと、窓側から吹き込んでいるような・・・。
そもそも、タンクトップに短パン&ビーチサンダルという、まるで海辺でバカンスを楽しむフランス人のような格好で、寒くなること必至の飛行機の乗り込んだわたしが悪い。それは素直に認めよう。だが、肌を真っ青にしてガクブルしている姿をチラ見しつつも、ブランケットの申し出がないのはなぜだ——と思ったら、国内線の普通席に座るような貧乏人には、ブランケットの貸し出しはしないのだそう。クソッ、ここでも格差社会か!
というわけで、考える葦(あし)ことニンゲンであるわたしが、この寒さを凌ぐべく無い知恵を振り絞って編み出したのは、「紙の力を借りる」という奇策だった。
シートポケットには非常時の緊急脱出マップ(安全のしおり)や、フリーWi-Fiの利用方法が書かれたリーフレット、さらには機内販売品のカタログが備え付けられている。ブランケトの存在をあてにできない今、頼りになるのはこれらの紙だけだ。
紙といえば、材質は異なるがホームレスが段ボールや新聞紙を活用するのは有名な話。多少の差はあれど、今ここであれらの代わりになるのは、シートポケットの紙類しかない。
・・というわけで、わたしはおもむろに安全のしおりやリーフレットを取り出すと、むき出しになった土色の太ももの上へ並べた。すると、どこからともなく襲ってくる冷気が、これらのシールドにより遮断されたのだ——これは、かなりいい感じかもしれない。
おまけに、ドリンクサービスでは「ビーフコンソメスープ」を注文し、熱々の液体を流し込むことで内部から温める・・という作戦をダブルで敢行した。
(よし、とりあえず寝てみよう)
こうして、徹夜明けのわたしは仮眠をとるべく目を閉じたのである。
ガクブルガクブル——。
程なくして、わたしは寒さに耐えきれず目を開いた。ダメだ、こんな紙っぺらで保温などできるはずもない。——こうなったら、カタログも広げてやる。
シートポケットから機内販売品のカタログを取り出すと、およそ真ん中あたりのページを開き、安全のしおりとWi-Fiリーフレットの上にそっと載せてみた。——うん、さっきよりは暖かい気がする。
備品による即席の防寒対策に余念のないわたしを、キャビンクルーたちは見て見ぬフリでやり過ごした。そりゃそうだ、こんな輩に絡まれた日には、間違いなく面倒なことになるわけで。
そうこうするうちに目的地である熊本空港に着陸した。低体温症の危機から脱したわたしは、ホッと胸をなでおろすと飛行機を降りたのであった。
*
・・などと機内でのできごとを思い返しながら、わたしはいまドライヤーで太ももを温めている。ここはホテルの自室だが、なぜかめちゃくちゃ寒い。エアコンの温度を28度にしてみたが、デフォルトの25度と変わらぬ寒さが続いているのだ。
ならばと、冷房からドライに切り替えてみたが、吹きすさぶ冷風はまるで木枯らしのように、みるみるわたしの体温を奪っていくのだ。
素肌を覆い隠すものは掛け布団しかないが、こうしてデスクに向かってパソコン入力をしているのだから、布団を引っ張り出すのも気が引ける。さて、どうしたものか——。辺りをキョロキョロしたところ、ちょうど目の前にドライヤーがあった。
ドライヤーといえば、スイッチを入れるだけで十分な温風が発生する、優秀な簡易暖房器具である。よし、文明の利器のお手並みを拝見するとしよう!
こうして、さっきからずっと太ももからつま先をドライヤーで温めているのである。たしかに暖かくて幸せな気分ではあるが、このまま何時間も使い続けていいのだろうか——。
季節は夏ど真ん中だというのに、なぜわたしは暖をとらなければならないのか、ドライヤーを見つめながら考えるのであった。
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