英会話の周波数

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わたし程度の英会話レベルだと、なんというか「不思議な現象」に出くわすことがある。

同じ人間が同じシチュエーションであるにもかかわらず、結果がまったく違うのだから「不思議」としか言いようがない。

 

よく「すべては気の持ちよう」というが、まさにこれを体験するのが、海外での英会話なのだ。

 

 

わたしは学校以外で英語を習ったこともなければ、英語を流暢に話せるわけでもない。ただ単に、海外で生き延びられる程度のレベルなので、ほぼ役立たずである。

文法も知らないし、助詞や副詞の使い方も怪しい。とにかくノリで押し切るスキルだけで、ここまでやってきたわけだ。

 

なかでもアメリカとの相性が良くないわたしは、過去に何度も入国審査で別室へ呼ばれた。

印象的な回は、入国審査官からハッキリと「Suspicious(怪しい)」と言われたときだろう。「この単語、受験英語で習ったことがある」という感想しか浮かばないくらい、まさか自分に対して「怪しい」などという単語が使われるとは思いもしなかった。

 

「怪しい?わたしが?」

「そうだ、怪しい」

「わたしのどこが怪しい?」

「どこって、全部だ」

 

こんなギャグみたいなやり取りが普通に行われたのだから、驚きである。

 

また、幼少期にはロンドンのヒースロー空港で、とんでもない差別を受けた。

「Are you a boy?(おまえは少年か?)」

「No, I am a girl(いや、可愛らしい女の子だ)」

「No. You are a boy(いやいや、男だろ)」

「No!! I am a girl(はぁ?どう見たってかわいい女子だろ)」

「No!!! You are a boy(ふざけるな!キサマはブサイクな男だ!)」

わたしの性別を勝手に変えた上に、別室へと連れていかれたのだ。その後、一緒に呼ばれた父の口から、

「この子はこう見えて、女の子なんです」

という説明を聞いて、恥ずかしいやら情けないやら、いたたまれない気持ちになった記憶がある。

 

このような感じで、海外へ渡航するにあたり、入国審査が最難関となる時期が長かったが、今ではわりとスムーズに通してもらえるのでホッとしている。

そんなわたしが、海外へ行くたびに体験する不思議な現象とは、「帰国が近づくにつれて、相手の言っていることが理解できなくなる」というものだ。

 

これは本当に驚くべき現象である。

海外へ到着すると、頭も気持ちも海外モードに切り替えられるのだろう。会話に「周波数」があるならば、英会話の周波数に乗せるかのように、日本語とは異なるモードで会話をするようになる。

英語に慣れている人やネイティブスピーカーならば、こんな作業は必要ないはず。だが、わたし程度の英会話力の場合、「英語は英語、日本語は日本語」という感じで分けて扱わないと、会話に乗り遅れるのだ。

 

ホテル近くのカフェやパン屋で、耳を慣らすために適当な会話をする。そのためにも、無駄に何度もカフェへ通うなど、思いのほか勉強熱心な一面があるわたし。

そんなこんなで一週間もすると、隣に座るカップルの会話やホームでの立ち話など、自身と関係のない会話についても耳を傾けられるようになる。

 

こうなると気分も楽になり、「海外で生活するのも悪くないな」などと、生意気にも思い始めるのであった。

 

 

「S…Sorry?(え?なんて??)」

 

廊下ですれ違ったハウスキーパーが、わたしに何かを話しかけたが聞き取れなかった。

シチュエーションからも大した内容ではないことは明らかだが、逆にそんな簡単なやり取りが聞き取れないとは、どういうことだ?

 

「Not too cold today(今日はあったかいで)」

 

なるほど。前日までのマイナス10℃に比べて、今日はプラス9度もあるから温かいわよ、ということをすれ違いざまに投げてくれたのだ。

よくよく耳を傾ければ聞き取れるが、さっきのタイミングでまったく分からなかったのには、さすがに驚いた。

 

「#$%&’(?(なんちゃらかんちゃら?)」

「Excuse me?(・・え?)」

「Which airline?(どこの飛行機や?)」

「Ah, United(あ、あぁ、ユナイテッドだよ)」

 

空港へ向かうUBERの中での会話だ。

空港直前で聞かれることなど、「どこの航空会社だ?」意外にはありえない。それなのに、ぼーっとしていたとはいえ聞き取れなかったのは、ショックである。

 

極めつけは、機内で隣になったアメリカ海軍の女子から、ごくありふれたおしゃべりを持ち掛けられただけなのに、ほぼ毎回聞き返すという失態を繰り返した。

 

(周囲がうるさいからだろうか?それとも、この子の発音が聞きとりにくいからだろうか?)

 

その時、わたしはハッとした。そうか、わたしの会話脳がすでに日本語に切り替わっているからだ――。

海軍女子と会話をするためには、耳と脳を英語に戻さなければならない。だが重い腰は簡単には上がらず、ストンとは切り替わらない。

そもそも、あと14時間もすれば日本に戻る。今さら英語圏の周波数を引っ張り出すのは、面倒だからヤメロヤメロ。

 

そんな声が脳内から聞こえてくる。

そういえば毎回、帰国が近づくと英語が聞き取りにくくなる現象に遭遇してきた。そんなはずはない!と思っていたが、これは間違いなく事実だ。

 

わたしの脳はもう、日本語モードなのだ。

 

 

なんでも「気持ちの持ちようで変わる」というが、これは正にその通りだろう。

日頃から英語を使う環境になければ、所詮こんなもんである。

 

Illustrated by 希鳳

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