これは、焦げ茶色のバターだろうか――。
わたしは自他ともに認めるバターマニアである。
バターというのは、そのままダイレクトに齧りつくために存在しており、パンに塗ったり料理に使ったりするのは、邪道であるとまでは言わないにせよ邪道である。
大好物はエシレの、食塩不使用バター250グラム。
冷蔵庫でキンキンに冷やしたバターの塊を両手で持って、羊羹に齧りつくかのようにカツカツと歯で刻んでいく。
あんこ嫌いのわたしは羊羹を食べないが、サイズ的にも歯ごたえ的にもそんな感じであろう。
そんなバターマニアのわたしに、突如、友人が黄色い箱を渡してきた。
ずっしりとした重みと、明らかにスイーツとわかる見た目から、わたしはバターであると確信した。しかも裏のシールには「要冷蔵」と記載されている。
――間違いない。これは高級バターだ。
帰宅するとすぐさま、高級バターを箱から出した。するとなんと、どす黒いバター?の塊が現れた。
(なんだ?新種のバターか?)
箱の裏を見ると、そこには「テリーヌ ド ショコラ」の文字が。
テリーヌ・ド・ショコラ・・・。ネットでレシピを検索すると、ほぼチョコレートとバター、そして卵でできた、濃厚でなめらかな口どけのガトーショコラっぽい洋菓子らしい。
テリーヌという響きからも、ぬらぬらとしたバターっぽい雰囲気が漂うので、簡単に想像がつく。
基本的にわたしは、チョコレートでできたケーキやアイスは食べない。
無論、それしかなければ喜んで食べるが、たとえば生クリームケーキとチョコレートケーキがあれば、百パーセント生クリームに手を出す。
かつてわたしの周りで、Tops(トップス)のチョコレートケーキが流行ったことがあった。
その時はキラキラ系女子がこぞって、手土産として「Tops」の青い文字が散りばめられた袋をさげて現れたものだ。
その都度わたしは、
(チョコレートケーキ、好きじゃないんだけど・・・)
と思っていたし、実際に食べても美味いとは思えなかった。とくにわたしが苦手だったのは、チョコレートクリームにクルミが混入していることだった。あれは未だに評価できない。
そんなこんなで、チョコレートケーキ系は嫌厭していたし、あってもなくてもわたしの人生に一ミリも影響しない存在だと軽視していた。
しかしいま、目の前にはチョコレート系の洋菓子が寝そべっている。しかもずっしりとした、羊羹のような重量感の大物が。
だがこいつは、チョコレートケーキではない。テリーヌ・ド・ショコラである。
そのほとんどがバターとチョコレートでできているわけで、言い換えれば「チョコレートバター」である。
満を持してわたしは、テリーヌ・ド・ショコラの封を開けた。
LES TEMPS PLUS(レタンプリュス)という千葉県流山市にあるパティスリーの、テリーヌ・ド・ショコラ。
カカオ分70%の濃厚なショコラと、小麦粉を使用していない滑らかな口どけ、そして芳醇なカカオの香りが自慢の逸品。
(どうせもらい物だ。だまされたと思って食べてやれ)
剥き出しになったテリーヌ・ド・ショコラに齧りつく。
すると、とろけるような濃厚ショコラが上質な膜を張りながら、なめらかに口の中を覆い尽くした。舌ざわりはバターそのもの。
(なんだこれは・・・バターなのか?)
さらにもう一口、大きくかぶりついた。
このなめらかでまったりとした脂肪分はバターだ。これは、紛れもなくショコラ味のバターだ!
わたしは無我夢中でバターにむしゃぶりついた。口の周りを真っ黒に染めながら、子どもががむしゃらにおはぎを頬張るかのように、テリーヌ・ド・ショコラを離さなかった。
(美味い!なんて美味いチョコレートバターなんだ!!)
あっという間に、テリーヌ・ド・ショコラを食べ終えたわたし。充実した満腹感に酔いしれながら、ソファに倒れ込んだ。
これがもしもバターならば、さすがに一本丸ごと食べきることはできなかった。
ところが、ほんのりカカオの苦みと香りのおかげで、バターの圧倒的なまろやかさが中和されたのだ。
あぁ、なんて美味いバターだったんだ・・・。
こうして、焦げ茶色の高級バター、もとい、テリーヌ・ド・ショコラは一瞬にして消えた。
よくよく考えると、人生初のテリーヌ・ド・ショコラだったのかもしれない。
――刹那的に消えていった幻のバター塊。またいつか会えると、信じている。
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