遅刻をしない風景って、どんな感じなんだろう――。
ここ何か月、いや、何年も何十年も考え続けたことだった。私はADHD(注意欠如多動症)を抱えながら生きている。今でこそADHDは一般的な病気として認知されているが、それでもまだ症状の細かな部分まで理解はされていない。
ADHDの中でも、特に社会生活に影響を及ぼす症状といえば「遅刻」だ。私はとにかく遅刻をする。もはや遅刻をしない日などないほど、100%の確率で遅刻をする習性がある。そのため、集合時間厳守の会合や団体行動が必須の状況は、可能な限り避けてきた。そんなことを繰り返すうちに、遅刻するとペナルティーのある「会社」という組織が億劫になり、いつしか仕事を辞めてしまった。
そして今では、細々とアクセサリー作製を請け負いながら、生活保護をメインに生きている。
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ADHDの明らかな原因は解明されていないが、脳の機能のうち「実行機能」「報酬系」などが十分に機能しないことで、ADHDならではの特性が現れるとされる。これらの脳機能は、前頭前野や大脳辺縁系などの神経ネットワークと関連しており、神経伝達物質であるドーパミンとノルアドレナリンにより、バランスを崩されることが関係していると考えられている。(参考:大正製薬/大正健康ナビ)
幼少期は「ちょっと変わった子」という言葉で片付けられてきた私だが、社会人になってからは失敗と困難の連続だった。特に遅刻癖のある私は、人からの信頼を得ることができなかった。
「どうせ遅刻するから、来なくていいよ」
「待たされるの嫌だから、待ち合わせしたくない」
半分冗談でそう言われながら、私は職場も友人も失っていった。もちろん遅刻をしないように、いくつもの対策を心掛けてきた。約束の時間から逆算して何時までに出発しなければならないかを書き出し、さらに準備は前日のうちに済ませておく。予定が朝であればアラームを20個ほどセットし、スヌーズ機能もフル活用で起床に備える。そして準備にかかるであろう時間も余裕をもって設定しているため、宅配便などの訪問者はおろか、「チチ(ハハ)キトク」の連絡が来ても、約束の時間には間に合う完璧なスケジューリングがされている。
それでもなぜか、私は遅刻してしまうのだ。主治医からは、
「ADHDの症状の一つに「不注意」があります。これがいわゆる遅刻が多いという症状ですね。さらに「衝動性」の症状として、遅刻しているにもかかわらず部屋の汚れが気になったり、服装が気に入らなくて何度も着替えたりします。これがさらなる遅刻を引き起こします」
と説明され、薬物療法による治療を続けてきた。さほど改善された感覚もないが、それでも変なストレスからは解放された気はするが。
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毎週火曜はボランティアの日、民間学童で子どもたちの遊び相手をする。もちろん毎週遅刻をする私は、スタッフからも白い目で見られている。
そして今日、ボランティア前の予定がかなり早く終わってしまったため、いつものごとく近所のカフェで時間を潰そうとしたところ、よりによってカフェは満席だった。開所時刻までは一時間を切っている、さすがにレストランへ入るほどの余裕はない――。
どうしようかとその辺りをフラフラさまようが、ものの見事にカフェどころかコンビニのイートインスペースまでが満席だった。立ち食いラーメンだけはまだ立てそうだが、そこで一時間を費やすのはキツイ。
そうこうするうちに、学童へ到着してしまった。
(オープンの45分前だ、早すぎる・・・)
学童は自宅ではないため、まさか寝っ転がってくつろぐわけにもいかず、そこで45分をどう過ごせばいいのか悩んだ。別にお金をもらっているわけじゃないし、バックれてもいいんだよな――。
そんなことを考えているうちに、施設長に見つかってしまった。目を丸くして口を開けたまま私をガン見した後、腕時計などつけていないのに何度も手首を見る仕草を繰り返した。なんとも滑稽な人だ。
「何かの間違いかと思ったけど・・・とりあえずお入りなさいよ」
100%の遅刻常習犯である私が、スタッフがまだ誰も来ていない時間帯に現れたことに驚きを隠せない様子。施設長に見つかってしまったのならば仕方ない、渋々中へ入った。
学童の入り口にある椅子に座ると、することもなくぼーっと入り口を眺めていた。すると開所30分前に一人のスタッフが現れた。こちらもまた非常に驚いた顔で私を二度見する。しかしそれ以上は何も言わずに、
「お、おはよう」
とだけ告げると更衣室へと消えた。そこからは分刻みに人が現れ、子どもたちの姿もチラホラ見えるようになった。私は開所時間ギリギリまで入り口を眺めながら、来る人全員に挨拶をした。
そして内心こう思っていた。
(今日は私が一番乗り。そして全員の来所を見届けてやった。つまり今日は、こいつらよりも私のほうが上ってことだ)
そう、遅刻をしないことの利点は「全員を見下せること」だと、悟ったのであった。
(了)
サムネイル by 希鳳
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