擦過傷の叫び  URABE/著

Pocket

 

オレは傷だ。右手小指の爪の付け根にできた、ちっぽけな擦り傷だ。

数日前、何かと擦れた際に皮が剥がれて、みずみずしい肉が現れた。こんな微妙な場所に傷をつくるとは、この人間はマヌケである。

 

ただでさえ細くて表面積の少ない小指の先っぽ。こんなところにキズパワーパッドなど貼ることはできない。せいぜい絆創膏を巻く程度だ。

しかしこの人間は、なぜか絆創膏を貼らなかった。ケチってるのか?いや、そもそも絆創膏がないのか?

理由は分からないが、オレはむき出しの裸のままで放置されたのだ。

 

何をするにも、いちいち痛みを覚えるのが擦り傷というもの。ちょっと手を洗っても、シャワーを浴びてもいちいち沁みる。

さらに髪の毛を洗おうものならば、むき出しのオレと髪の毛とが擦れ合って、当然ながら痛みは増す。その上、侵入してきたシャンプーがオレを攻撃するわけで、「こんな拷問を受けるくらいならば、一思いにさっさと殺してくれ!」と叫びたいくらいだ。

 

敵は水だけではない。あらゆる物質がオレを攻撃してくる。

そんなの当たり前だ。皮膚が剥がれた状態で、保護もされずに暴露しているオレは、何が触れても痛いに決まっている。

だが運のいいことに、この人間は左利きだった。よって、活動的ではない右手の小指にできたオレは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

と安心したのも束の間、なんと人間は左手でスマホをいじりながら、右手でナッツを貪り始めたではないか!

 

(やめろ!今すぐやめろ!)

 

オレは声にならない声を上げた。ナッツ類はダメだ、塩がオレに触れでもしたら、確実に沁みる。

さらにあの尖った実はなんだ?ピスタチオか。あの殻がうっかり、オレに触れそうになっている。さっきから何度も!

 

そもそもこいつはバカなのか?

傷口を露わにしたまま、ナッツ袋へ手を突っ込んで、塩のついた豆たちをガサガサと手繰り寄せるなど、どう考えたって傷にとって良くないことくらい分かるだろう?

にもかかわらず、さっきから何度も無謀な行為を繰り返すわけで、こういうバカは「痛い思いをしなければ分からない」の典型に違いない。

 

オレはまだこの世に生まれたばかりの若い傷だ。世間を知らなければ、知識も経験もない。

そんな赤ちゃんのオレにも分かるようなことが、なぜこの人間に分からないのだ?!むしろその答えを聞かせてもらいたい。

 

(イテッ!!!!)

 

ド激痛が走った。痛いなんてもんじゃない、ものすごい痛さだ。いったい何が起きたんだ?!

よく見ると、ナッツ袋の口の鋭く裂かれた部分が、見事にオレに刺さっている。人間がナッツ袋へ手を突っ込もうとした際に、運悪く、袋のフチにオレが触れたのだ。

 

ていうか、こいつがスマホに気を取られてよそ見をしていたせいだ。

大きく開いた袋の口へ手を突っ込む分には、フチがオレに触れる危険性は少ない。よって、塩と硬い殻のリスクだけに気を配っていればいい。

だがこいつは、よりによって適当に右手を袋へ突っ込んだため、生々しい傷口であるオレを、見事にフチへ刺したのだ。

 

(痛い!!とにかく痛い!!浸出液があふれ出てきた!!)

 

ふと上を見ると、人間もオレと同じく涙を流して痛がっていた。そりゃそうだろう、オレの痛みはアンタの痛みでもあるんだからな。

少し治りかけていた傷だったが、これで振り出しに戻ったわけだ。これもすべてアンタが悪い。オレを保護しない、アンタが悪い。

 

とりあえず、治療方針に独自の考えがあることはよく分かった。だが、早期回復という目標に相違はないはず。

悪いことは言わない、とにかくオレを保護しろ。絆創膏がないなら、サランラップでもセロハンテープでもなんでもいい。とにかく丸裸のオレを放置するな。

そうすれば、ナッツでもポテチでもモリモリ食えるぞ。痛い思いをせずに、腹いっぱい食えるんだぞ。

 

――果たしてオレの願いは通じるのだろうか。

(了)

 

サムネイル by 希鳳

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です