ラグジュアリーホテルの憂鬱

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接客業というのは大変だ。客側は「もてなされて当然」の前提で入店するので、予想以下の対応であればこれみよがしに横柄な態度でクレームをつけてくる。

いやいや、そんな偉そうにしてるオマエだって、仕事中は上司にペコペコしてんだろ!と、喉まで出かかった言葉をグッとこらえる店員。しかし自らが客として他店へ出向いた際は、やはりそれなりにサービス内容に目を光らせてしまうわけで、この「おもてなしチェック」が繰り返されることにより、日本人のホスピタリティが維持されているのだ。

 

 

私は本日、虎ノ門にあるラグジュアリーホテルでミーティングを行った。仕事でもなければ一生訪れることのなさそうな31階からの眺望は、素晴らしいの一言に尽きる。もはやそれだけでゴージャスな気分を満喫できてしまうロケーション。

予約なしでは席が確保できないほどの人気ラウンジには、見るからにオシャレで意識高い系の女性が9割と、明らかに自信に満ちた全身ハイブランドの男性がポツポツと見受けられる。

土地柄からも年齢層は低くないが、かといって年寄りが集まっているわけでもなく、それなりに社会経験を積んだプライド高き女性陣と、彼女たちを相手するのにふさわしいギラついた男のみで形成されていた。

 

そんな中、もちろん私は一人浮いていた。

 

カウンター席へ案内され、胸の高さほどあるテーブルとそれに合わせた高さの椅子に座らされる。とその時、テーブルが汚れていることに気がついた。しかも結構ガッツリと汚れている。

(こ、これは!まさか前の客が去ってから拭いてないのか?いや、そんなはずはない。新しいメニューが置いてあるし、おしぼりもセットされている。ではなぜ?)

私は客だから大声で怒鳴り散らしてもいいのだが、根が優しく小心者なので、店員に悟られないようにそっと汚れに触れてみた。しかし指には何も付着しない。――まさか、模様??

チラッと隣りのテーブルを見ると、人が座るであろう位置に同じような丸や線がいくつも確認できる。さらに顔を近づけて目視した結果、それはなんと水垢であることが判明した。オシャレテーブルの表面がガラスコーティングされており、その上に置かれたグラスや皿から漏れ伝わった水滴が重なり、いつの間にかデフォルトの模様のように水垢となってこびりついていたのだ。

 

(しまった!自宅から業務用強力水垢洗浄剤を持ってくればよかった!)

 

爪でコリコリと削ってみるが、そんなもので剥がれるはずもない。念のためおしぼりでも擦ってみるが、水垢の部分が水分を弾いてしまい、余計に「模様」が顕著に浮かび上がってしまった。

思うに、自然光でなければこのように水垢が反射することはない。日没後は大量のキャンドルと間接照明でムーディーな雰囲気を醸し出すのだから、そうなればこの模様など跡形もなく消え去るわけで。

だが今は真っ昼間、全面ガラスに囲まれたラウンジは太陽光をたっぷりと吸い込んでおり、水垢すらもキレイに顕現させてしまったのだ。

 

とはいえ超一流ホテルを名乗るならば、この水垢はテラクリーナーヤマト茂木和哉を使ってでも落とすべきだろう。

 

 

予約で満席の人気ラウンジは、2時間か2時間半がリミットらしい。若い店員が笑顔で、手触りのいい高級バインダーをテーブルに置く。その中には会計明細が挟んであり、さっさと払って帰ってくれという意思表示でもある。

しかし同席者との会話が弾み、バインダーを放置したまま数分が過ぎてしまった。すると再び若い女性が目の前にやって来て、

「入れ替えのお時間ですので、お会計をお願いします」

と、言葉は丁寧だが心の底からは笑えません!という、怒りすら垣間見える笑顔で、会計と退席を促された。

 

さらにその後、別の若い店員が近づいて来ると、

「お荷物をご用意してもよろしいでしょうか?」

と、これまた必死に笑顔を作るも、口角が上がりきらずに引きつった表情のまま、我々を追い出しにかかる。

 

(まぁ仕方ないか)

 

このホテルでどのような接客教育を受けたのかは分からないが、焦る気持ちが表情ににじみ出てしまうようでは、ラグジュアリーホテルの名が廃る。嘘でもいいから満面の笑みを作らなければ、それができないのならば、このラウンジには立たないほうがいい。

なぜなら「似つかわしくない」からだ。

オリエンタルランドで一週間ほど揉んでもらえば分かるだろう。同じ言葉を発するにも、表情や伝え方にコツがあることを。

 

時給稼ぎでホールに立つ気持ちは分かる。労働者とはそういう契約で業務に従事するからだ。だがどうせ同じ時間を過ごすのならば、自分自身もラグジュアリーな人間を演じるほうが断然お得。

せっかく一流ホテルで接客業に携わるのならば、最高レベルの接客スキルを手に入れるほうが時給以上に価値があるからだ。

 

・・・などと勝手な妄想を抱きながら、私はシッシと追い払われた。余程の事情がない限り、いや、あったとしてもあのラウンジへは二度と足を踏み入れないだろう。

 

 

素晴らしいロケーションで体験した残念すぎるサービスにより、ラグジュアリーホテルの価値に触れることなく、一人寂しく神谷町駅へと向かった客こそが私である。

 

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