(・・・しまった)
今さらながら大失敗をした。この低反発クッションを購入してからずいぶん経つが、こんな失敗をしたことなどなかったのに。
…いや、訂正する。正確には一度だけやらかしたことがあるが、その後は一度も失敗はしていない
数年前、インテリアショップでたまたま目に留まった卵形の黒いクッション。掴んでみると、ほどよい重さとクセになる低反発感がわたしを誘う。
(よし、これにしよう)
さっそくそのままレジへ行き、黒猫が丸まったほどの大きさの低反発クッションを購入した。
家に帰ると早速、ソファにクッションを放り投げ様子をうかがう。どこにでもある量産型のソファゆえ、何を置こうがすべてしっくりくるのが平凡の持つ才能といえる。そしてこの黒いクッションも、見事にしっくり収まった。
その日から低反発クッションは、わたしの「昼寝の相棒」となったのだ。
*
低反発クッションを買った当時、ちょうど今ごろだったのだろうか。家でパーカーやフーディーを着ていたので、昼寝をする際は帽子を目深にかぶり、目元まで隠した状態でひもを結んで寝ていた。こうすることで光を遮断し、クッションへ直に触れることなく、温かい状態で眠ることができるため一石三鳥となる。
もはやクッションは枕としての役割しか果たさないので、低反発枕ということで話を進める。
わたしは枕に直接、髪の毛や顔がつくのを嫌う。そのため、必ずタオルや枕カバーを付けて使用することにしている。理由は潔癖症だから、と言いたいところだが違う。洗うのがめんどくさいからだ。
そもそも自分自身があまり風呂に入らないため、汗や脂のこびりついた肌や頭髪で物に触れたらその後の洗濯が大変だ。つまり、なるべく直接触れることなく座ったり寝たりしていれば、肌が触れているものだけを洗えばいいので簡単。
というわけで、なるべく肌を露出しないように過ごしているから、我が家はきれいだ。
そしてパーカーとサヨナラする季節になると、低反発枕自身にタオルを巻きつけて頭を横たえるようになる。
不思議なことに重度のずぼらで有名なわたしでも、昼寝の際にコンタクトレンズを外すことと、低反発枕にタオルを巻くことだけは欠かさないから素晴らしい。
つまり、昼寝に対してそれなりの覚悟を持って挑んでいるということなのだろう。
こうして数年が経過した今日。家から一歩も出ないわたしは外の様子がわからないため、アレクサに尋ねる。
「現在の気温は13度です」
なに?!もはや冬の気温じゃないか。そういえばつま先が冷たくなっているし、何かを食べていないと寒さを感じることに気づく。
かといって長袖の衣服を出すには勇気がいる。長袖を出すならば夏服をしまうのと同時に行うと決めているからだ。よってまだ半袖短パンでつなぎたいところ。
そこでわたしは、文明の利器に頼ることにした。そう、エアコンだ。リモコンを取ると「暖房26度」に設定し、スイッチを押す。暖かな風が天井へと流れ始めた。
(あぁ、なんて贅沢なことをしているんだ。とても幸せじゃないか)
長袖を着れば電気代を使うことなく温かくなれるというのに、わたしは電気代を使って部屋全体を暖めようとしているのだ。人間だからこその贅沢といえるし、人間でよかったと思える瞬間でもある。
ーー家を出るまでにあと30分ほど時間がある。体が冷え切っていては怪我をするかもしれない。少しじっとしていよう。
そして気づいた時には低反発枕に顔半分を埋めながら、ぐっすりと昼寝をした後だった。枕にはくっきりとヨダレの跡がある。枕が地球だとすれば、かなりの広さの湖だ。
(さ、最悪だ!!!)
低反発枕は洗濯することができない。過去に洗濯機が横転する事件を起こしているから、これだけは絶対にダメだと言える。
そして表面についた汚れを落とすためには、裏にあて布を置きトントン叩いて汚れを移すのがセオリー。だが枕カバー、いやクッションカバーもつけていない裸の低反発を、どうやってトントンしろというのだ。
しばらく呆然となりながらも、まだしっとりしているヨダレをティッシュで拭う。そしてファブリーズをシュッシュと吹きかけてみる。それでもヨダレの痕跡は確実に残っている。
ーー万事休す。
わたしは泣く泣く、低反発クッションをゴミ袋へ葬った。
今日に限って急に寒くなるなんて、今日に限ってパーカーを着ていないなんて、今日に限ってタオルを巻く前に居眠りしてしまうなんてーー。
悔やんでも悔やみきれない神無月の出来事だった。
サムネイル by 希鳳
コメントを残す