――清水義範さんの「私は作中の人物である」が、脳裏から離れない。
とくに、一話目の冒頭、
「私は踏みつぶされてぺしゃんこにひからびたミミズである。もう四日も前から、人通りの少ない簡易舗装の道に干物のようになってへばりついている。」
この描写が頭にへばりついて、いや、こびりついて消えない。
そんな精神状態のまま、自宅から最寄り駅へ向かう途中、私の視線はアスファルトに釘付けだ。
目を皿のようにして干からびたミミズを探してしまう。
真夏の東京、アスファルトの温度は65度近い。そりゃ間違って地上に出てきたミミズは即死だ。
今でこそ「遮熱性舗装」という技術により、路面温度を下げる工夫がされている(東京オリンピック問題で)。
「遮熱性舗装」はアスファルトの表面に遮熱材を塗る工法。これにより、舗装への蓄熱を防ぐことができる。
通常の舗装道路より路面温度が最大8度下がるらしいが、65度が57度になっても、ミミズにとってあまり影響はないだろう。
意外なことに、「踏みつぶされてぺしゃんこにひからびたミミズ」はたくさん発見された。
この「哀れなミミズの言霊」は、著者である清水さんが代弁されているので、私はそのアンサーポエムを書こうと思う。
*
――私は都会のど真ん中で暑いとも寒いとも文句も言わず横たわるアスファルトである。ミミズからダンプまで、多くの生き物が日々私の上を通過する。
2週間前、目の前のお宅の生垣にあるウバメガシの一本が枯れてしまったので、家主はそれを掘り起こし引っこ抜いた。
その勢いで、土中で暮らしていた一匹のミミズが私の上に放り出された。
そのミミズはしばらく放心状態だったが、置かれた状況を把握したのか、ぬりにょりぬりにょりと土に向かって這いずっていこうとした。
しかし路面温度62度の灼熱地獄に放り出されたわけで、犬ですら肉球を火傷する熱さだ。這いずるたびに体の表面から水分が奪われ、おおよそ全身火傷の状態になっている。
さらに、歩みが致命的に遅い。遅すぎるがゆえ、自転車で角を曲がってきた小学生に踏みつぶされてしまった。
(・・また汚された)
ミミズには申し訳ないが、踏みつぶされはりついた生き物はみな、「汚れ」として長い期間私に付着し続けることとなる。
雨が降っても簡単に洗い流してはくれない。ましてや季節は真夏、そうそう雨など降らない。
そうこうするうちに、私にはりついた例のミミズの上をダスキンのライトバンが軽快に走り抜けていった。
(・・あぁ、終わった)
ぐちゅっとはみ出た内臓や汁のほとんどが流されてしまったミミズは、中身のない紐のようなものになってしまった。
ひからびたミミズ、いや、生きていた頃はミミズだった今はミミズの死骸は、もはや死骸というより紐と化してしまった。
ミミズが死骸となり紐となってから、いろいろなものがその上を通過した。
通り沿いに住んでいる、上品ぶったチワワがいる。飼い主に甘やかされたせいで、見た目は小綺麗だが、内臓脂肪は中年オッサンの数値だ。
そのチワワが私の上でオシッコをした。正確には、私の上で紐と化したミミズの死骸の上に、オシッコをした。
できればオシッコの水分と勢いで、ミミズの死骸が剝がれればよかったのだが、思った以上にへばりついているため、何の変化も起きなかった。
何日か経ってから、終電後に酔っ払いがふらふらとやってきた。そしてよりによって私の上で嘔吐した。
あと10歩も歩けば公園があるのに、非常に腹が立つ。
しかも嘔吐したのは、またもや中身のない紐となったミミズの死骸の上だった。
――私がいったい何をしたというのだ!なぜこのようなひどい仕打ちを、重ね重ね受けなければならないのか。
泣きたい気持ちでいっぱいだった私に代わって、突然、雨が降り出した。
――どうか、酔っ払いの吐しゃ物も、チワワのオシッコも、ぺしゃんこにひからびたミミズの干物も、キレイさっぱり洗い流してくれ。
翌朝。
突き抜ける青さに真夏の太陽。路面温度は64度。
昨晩の雨により、私の表面も少しスッキリしたが、相変わらず中身のない紐のような干物はへばりついたままだ。
もはや、干物の象徴である皮すらもなく、事件現場の跡のように色素だけが残った状態となっている。
そこへ、ゴキブリがやってきた。
3億年も生き長らえてきたゴキブリでさえ、現代の生ぬるい環境に慣れ親しんだせいか、アスファルトの灼熱地獄から抜け出そうと全力疾走している。
そして、ミミズの死骸でもなく中身のない紐ですらない単なる色素沈着の上を、カサカサと通過していった。
――滑稽だ。
生き物とはじつに滑稽だ。
2週間前まで土中で、モグラという脅威以外に案ずるものもなく、貧しくも幸せな暮らしを送っていたミミズが、ひょんなことで私の上に放り出された。
その後、自転車にひかれてぺしゃんこにされ、干物となった。
あれは、自転車やダスキンが通過しなくても、いずれ路面の熱で焼け死んでいただろう。どちらにせよ、もはや生きられない運命だった。
死骸となってからもなお、チワワにオシッコをかけられ、酔っ払いに吐しゃ物を浴びせられ、あげくのはてにゴキブリがカサカサと通過していくというありさまだ。
その間私は、じっと、何も言わずいつもと同じように、どっしりと横たわっていたわけだ。
ただ一つ。
ただ一つだけ気になることがあるとすれば、今こうして話している間も、私をじっと見降ろし続ける奇妙な人間がいることだ。
なにゆえ、私を見下ろしているのか。
なにゆえ、その太い脚で私の上に立ち尽くすのか。
なぜこのような状況になったのか、考えてもまったく分からないが、その人間の目つきは狂気じみており、できれば関わりたくないと本能的に感じている。
――生き物のなかでも、この人間というやつは、恐ろしい。
*
――そう。その人間こそ、この私だ。
私は2週間、毎日路上に立ち干からびたミミズの一部始終を観察し続けた。最後にゴキブリがカサカサと通過したことも、この目で見届けた。
なんなら、そのゴキブリを追いまわしてやった。
しかし、ゴキブリはマンホールの隙間から地下へ逃げ込んでしまったため、追跡を断念した。
*
アンサーポエムを書くつもりが、恐怖ポエムになってしまった。
どうやら私には、ポエムを書く才能はなさそうだ。
これこそが狂気
この話、気にいってる(^_-)