三房の葡萄  URABE/著

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「せんせー、これはどうなんですか?」

教授を囲みながら生徒たちが質問を投げる。

「それはですね・・」

教授は丁寧に説明を始める。一通りの説明が終わると、また別の生徒が挙手する。

「じゃあ薬事承認された薬品がすべて正しい、ってわけじゃないんですか?」

 

薬事承認とは、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に基づき、企業から医薬品等の製造販売の承認申請を受け、独立行政法人医薬品医療機器総合機構がベネフィット(有効性)やリスク(安全性)を審査し、薬事・食品衛生審議会(薬事分科会)の答申を経て、厚生労働大臣が承認するもの。

 

当然、専門家の意見や調査をもとに審査されるわけで、ベネフィットとリスクの総合的なバランスで判断される。

 

「そこに利権がからむことも、ないとは言えなんです。具体的には・・・」

面白そうな話が始まる、と誰もが目を輝かせて教授を見上げた途端、

「あー!!それは飲んじゃダメです!!」

教授が珍しく大声で叫んだ。

 

視線の先には教室の入り口があり、遅刻してきた男子生徒が栄養ドリンクのフタを開けようとした瞬間、教授が手を振り回して阻止したのだ。

 

「それはダメ!防腐剤が入っているような飲み物、飲んじゃダメですよ!」

普段の温厚な教授とは打って変わって険しい表情、厳しい口調での警告。そんなに有害な物質が入っているのだろうか。

 

日本国内で使用が許可されている食品添加物は、あくまで日本のルールによって許可されたものであり、海外では通用しない場合もある。

たとえば防腐剤や防カビ剤として栄養ドリンクなどに入っている「安息香酸ナトリウム」や、発色剤としてウインナーや明太子に使われる「亜硝酸ナトリウム」、着色料としてコーラや醤油、プリンなど多くの商品に使用される「カラメル色素」など、日頃から口にする飲食物にひっそりと確実に含まれる、食品添加物。

 

厚生労働省で認可された食品添加物といえど、海外では禁止されているものもあれば、基準値にかなり幅のあるものもある。

日本で認められているからといって、安全とは限らないのだ。

 

男子生徒はあいかわらず、フタに手を当てたまま教授の説教を聞く。蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことか。

 

「ついでに言うと、果物の食べすぎもまったく良くないですからね」

再び我々のほうに向きなおると、今度はフルーツの糖分についての話が始まった。

 

果糖というのはブドウ糖のおよそ2倍の甘味があるらしい。そしてフルーツを食べすぎると中性脂肪が増加し肥満になる。

また果糖は血糖値を上昇させないため、満腹中枢が刺激されず、「食べすぎ」という状態を招きやすいのだそう。

 

「ドライフルーツ、あれをたくさん食べられますか?甘すぎて無理でしょう?あれはフルーツの水分が抜けただけで、糖の量は変わりないんですよ」

 

言われてみればその通り。レーズンを大量にバクバク食べられるかといえば、やはり一粒二粒つまむ程度がちょうどいい。

フルーツの水分で甘味が中和されていただけとは、言われるまで考えたこともなかった。

 

興味深い話を傾聴した後、我々は解散した。

 

 

そしていま私の目の前に、とても立派な3体の御葡萄様が横たわっている。

 

ナガノパープルと呼ばれる巨峰の一種で、皮ごと食べられる種なし葡萄として人気を博す、高級な逸品だ。

大粒で張り裂けんばかりのアメジストが、一房に30粒ほど実っている。ズッシリとした重みと、張りのある果実からは、あふれ出るフレッシュさとジューシーさがひしひしと伝わってくる。

 

(た、たくさん食べなければいいだけのことだ)

 

教授の話が頭から抜けない私は、恐る恐る葡萄に手を伸ばす。

一粒が「栗」ほどもある葡萄の実。太い茎からブチっともぎ取る。

ーーまずは一口で食べてしまおう。

 

(むむ。なんと、一口で食べるには無理があるじゃないか!)

 

咀嚼しようとモグモグすると、葡萄が口から飛び出しそうなほど大ぶりで果肉の密度が濃い。

ーー2粒目は二口に分けよう。

 

前歯が皮へくい込むとき、シャウエッセンのCMのような「プリっ」と弾ける音が響く。果実に張りがなければこの音は出まい。

そして種がないため、前歯は安心してブドウの中央部を通過する。

上の歯と下の歯が重なりあう頃、口の中はフレッシュな甘みと、若干のポリフェノールの渋みがミックスされたパラダイスとなるのだーー。

 

(う、うますぎる!!!)

 

とりあえず、はやる気持ちが落ち着くまでは葡萄を食べ続けよう。これほど大粒の葡萄ならば水分も豊富なため、すぐに水腹となるだろう。そうなったら手を止めようーー。

 

心の中でそう誓うと、私は次々と葡萄の粒をもいでは口へと運んだ。

 

 

もうすでにお気づきだろうが、ナガノパープルの御身体は、あっという間にこの世から消えた。

 

果糖が悪いんじゃない。食べすぎが悪いんじゃない。

そうさせてしまうほどの美味い葡萄を作ってしまった、農家さんが悪いんだ。

 

 

(完)

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

 

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