ーーワイは西農運輸、はるばる兵庫県からやって来た。東京人は気取った兄ちゃんばっかでいつまでたっても気に入らへんが、仕事やからしゃあない。おまけに下道(したみち)は複雑でかなわんし、はよ終わらせて関西もどりたいわ。
ーーオレはヤマテ運輸、バリバリの江戸っ子だ。生まれも育ちも足立区のオレは、今日も首都高を颯爽と駆け抜ける。しかし関西人の運転マナーはなっちゃいない。ウインカー出しても入れさせないわ背後にビタ付けするわ、イキッてんじゃねーよ。
*
首都高都心環状線を2台のトラックが並走している。いずれも20トン超の大型トラックで片や姫路ナンバー、片や足立ナンバー。関西と関東を代表するトラック野郎といったところか。
先ほどまでは前後に連なり走行していたが、後方を走る足立ナンバー/ヤマテ運輸が追い越し車線へ入ると、前を走る姫路ナンバー/西農運輸を抜きにかかった。
このまますんなり順番が変わると思っていたところ、意外にも2台の並走状態が続いた。
(チッ、姫路の野郎ベタ踏みしやがって。こんなことで手こずるオレじゃねぇが、荷物が重くて思った以上に加速しねぇ。てか、気ィきかせて速度ゆるめろや!)
(足立のどアホが調子こかんとき!自分はおとなしくワイの後ろ走ってればええねん。なんせワイは空荷やから、絶対に負けへんで!)
緩やかな上り坂が続くが、両者一歩も譲らずピタっと並んで走り続ける。まるで仲良しのカップルのよう。…そうか!もしかすると遠距離恋愛中のカップルなのかもしれない。姫路から東京までわざわざ会いに来るとは、なんたるいじらしさ!そのまま仲良く手をつなぎ、首都高デートを楽しんでおくれ。
(この白鷺野郎!スピード落とす気ねぇなら、なんで最初っからそう走らねぇんだよ!てめぇがノロノロしてっから追い越し車線に入ったっつーのに、どんな嫌がらせしてんだよクソが!)
(ほっほっ、威勢だけはいっちょまえの兄ちゃん、あきまへんわ~。なんぼ頑張ったかてワイには勝てへんのやから、たいがいにしときや~)
仲睦まじく一本の道を進む二人。どうせならもっとゆっくり走ればいいのに、リミッターギリギリの速度で快走を続ける。きっと二人にしかわからない、トラック同士のプライドがあるのだろう。
おっと、追い越し車線前方に恋路を邪魔する軽自動車が現れた!これは足立が足止めを食う形になるぞ。どうする、姫路!
(クソッ、ついてねぇ。トロい軽にみるみる追いついちまう。このままじゃ再度姫路の後ろへもどるハメに。それだけは避けたい・・・)
(いやあ、ほんまご苦労さんなこっちゃ!追い越し車線で通せんぼされてもたがな!自分どんだけエムなん~?)
と次の瞬間、追いつかれそうになった軽自動車が左車線にサッと避けた。あっという間に形勢逆転、足立の前方はオールクリアに。一方の姫路は突っ込みそうになりながら急ブレーキを踏んだ。
大型トラックは制動距離が長い。ましてや姫路は前も横もふさがれる形となり、逃げ場を失った。とりあえず、コンテナ内の荷物が前方へ吹っ飛ばされていないことを祈る。
(ケッ!ざまぁみろ。東京人はマナーを守るんだよ!さっさと兵庫帰って出直してこいってんだ!)
(な、なにしてくれてんねんっ!このボケカスアホ軽がっ!!いわしたろかワレッ!!!)
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緩やかな下り坂も相まって、足立ナンバーがみるみる距離を離す。それを追いかけたい姫路ナンバーだが、急ブレーキの原因となったノロい軽がまたもや追い越し車線へ出てしまう。そのせいで完全にタイミングを逃し、遠距離恋愛中の二人の逢引(あいびき)はここで終了となった。
いやはや、恋路の邪魔をするのはいつだって意外な人物なのだ。
ちなみに背後から二人の行方を見守ったところ、足立ナンバーは飯倉方面へ、姫路ナンバーは池尻方面へと向かった。いずれにせよ、谷町ジャンクションまでの短い恋だったようだ。
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