加工アプリで映えるオンナとキモブスに写るオンナ

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わたし自身はなんとも思っていないが、相手はきっと奇妙に思ったか、あるいは恐怖に怯えたに違いない出来事があった。それは地下鉄南北線の車内でのこと——。

 

長袖の季節になってからは、自分自身では接触した感覚がなくても、車内において相手の皮膚や衣服をサワサワと撫でていることがあり、まだ半袖のわたしはその被害(?)に遭いがちだった。しかもそのサワサワは、相手をくすぐるためにやっているわけではなく、何らかの動作の影響で不可避的に発生するものゆえに、なおさらくすぐったいのである。

(・・この微妙に触れるか触れないかの感触が、めちゃくちゃ気になるしくすぐったいんだよ!!!)

 

動作の主は隣に座る女子大生で、バッグの中から何かを取り出そうとしていた。満員の車内で両隣りもガッチリ固められているため、あまり大きな身振りができない彼女は、バッグに手を突っ込んでゴソゴソと控え目に何かを探していたのだ。

そしてしばらくすると、お目当てのファンデーションを取り出して可愛らしい顔に塗りたくり始めた——なぜわたしが、彼女の顔が「可愛らしい」と分かったのかというと、彼女が自分の顔を写していたのは、鏡ではなくスマホだったからだ。

もしも手鏡ならば、至近距離から覗き込むようにして顔の隅々までファンデーションを塗り込むだろう。だがスマホのカメラを使えば、多少離れていてもしっかりと顔面を映しだすことができるため、これは確かに便利なアイテムといえる。

 

さらに、周囲への配慮からか肩幅よりも内側ですべてを行おうとする彼女は、小刻みに肘を動かしながら陶器肌を完成させつつあった。そして、ジャケットを羽織った彼女の"小刻みな肘の動き"が、わたしの二の腕を断続的に撫で続けるため、否が応でも体の奥底からくすぐられる感触に襲われるのであった。

(あー、早く塗り終われよ!)

イライラ・・というよりウズウズしながら、ファンデーションを塗り終わるのを待っていたわたしは、スマホに映る彼女の顔にちょっとした違和感を覚えた。そう・・すでに加工済みの"バッチリメイク顔"が写っていたのだ。

(・・え?この状態で、ちゃんと塗れてるかどうか分かるの?!ていうか、このアプリってどのくらい顔の変化があるんだろう)

アプリを通して見る自分の顔というのは、肌は驚くほど白く唇は不気味なピンク色、エイリアンばりに大きな黒目と、日本人には不釣り合いな細くとがった鼻が自動的に映し出される。果たしてこの状態で、彼女はちゃんとメイクを完成させられるのだろうか——。

 

全くもって余計なお世話ではあるが、わたしが見ている彼女の顔が、生身の顔と比べてどのくらい盛られているのかが気になって仕方がないわたしは、真横に座る彼女の顔を覗き込むのも憚られるため、「ならば自分の顔を写してみよう」と思い立ったのである。

そしてスッと彼女の顔の横に自分の顔を並べた結果・・・ものすごくブサイクな"わたしっぽい人物"が映し出されたのだ。

(なんじゃこりゃ!薄気味悪いどころか、完全に盛れてないブスじゃねぇか!!!)

わたしはそもそも化粧をしないため、そういう見た目に慣れていない。とはいえ、このキモチワルさは尋常じゃない。普通の女性ならば、もう少しまともに写るのではないかと思うが、顔がゴツイせいなのか年をとりすぎたせいなのか、とにかく恐ろしくブスなオンナが可愛らしい女子の隣りに写っていたのである。

 

ちなみに、本当に驚いたのはわたしではなく隣の彼女だ。ファンデーションを塗っていたら、いきなりスマホの画面に見ず知らずのブスが乱入してきたのだからビビるのも当然。しかも隣のブスはピースサインまできめているわけで、いったいどんな思考回路をしているのか想像するだけでも恐ろしい。

 

——そんなこんなで、わたしは電車を降りると振り返ることなく歩を進めたため、最後まで生身の彼女の顔を見ることはなかった。だが間違いなく、あの加工アプリに写る彼女は可愛らしいイマドキの女子だった。そして、加工アプリに写るわたしは目を見張るほどのキモさのブスだった。

(やはり、イマドキの顔でないと加工アプリにも耐えられないのか・・)

ちょっと寂しい気持ちになりながらも、乗り換えを急ぐわたしなのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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