父の名言「こう見えて娘」誕生秘話

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私は電話が嫌いだ。正確には、私が求めていない受電が嫌いだ。

とにかく心臓に悪い。

なんの前触れもなくいきなり着信バイブが始まると、コーヒーをぶちまけそうになる。

 

リアルタイムで着信に気づかなかったときも、胸騒ぎが尋常じゃない。昨日はめったにかけてこない父親からの不在着信。

(一体なにごとだ、なぜメッセージじゃないんだ)

父は全盲だが、ガラケーからメッセージを送ってくる。スマホはタッチパネルゆえ、目が見えないと文字入力が難しい。だがガラケーはボタンを連打することで文字入力ができるので、彼には便利なようだ。

ときには日本語ではなく英語でメッセージを送ってくることもあり、年寄りながらも意外とグローバルである。

 

そんな父へすぐさま折り返すも出ない。

(まさか死んだのか?!)

携帯電話を不携帯の常習犯ではあるが、たまにしかかけてこない電話は非常に気になる。しかもなぜメッセージではないのか。

そうはいうものの忘れっぽい私は、翌日、折り返すことを忘れていた。そこへ突然の着信、父からだ。

 

「もしもし?!」

「あのさ、ユーチューブライブってどういうものなの?」

「・・それ聞くために電話してきたの?」

「そうだよ?なんで?」

 

だいたい心配した時はこうだ。大した用事じゃない。もちろん、本人にとってはすぐに仕入れたい情報だろうし、たしかに文字で説明されても分かりにくいから電話で正解。

 

しかしこんな珍しい質問、私の父はユーチューバーにでもなるのだろうか。

 

目が見えない人にとってメインの情報源は耳からとなる。そして昔から株式投資に興味のある父は、今でも毎日「ラジオNIKKEI」にかじりついている。

そのラジオNIKKEIがユーチューブライブと連動しており、放送時間が終了してもユーチューブライブで延長戦が繰り広げられるとのこと。

そこに参戦したい父が、柄にもなく「ユーチューブライブ」について尋ねてきたというわけだ。

 

「ユーチューブライブ」から「Clubhouse」「Stand.fm」まで、音声メインのSNSについて説明し、ご満悦の父との電話を切る。

と、言い忘れたことを思い出し、すぐさま電話をかけ直す。普通に出てもつまらないだろうと機転を利かせ、澄ました口調で話し出す。

 

「もしもしアタシだけど、会社の金を使いこんじゃって困ってる」

明瞭かつ棒読みで伝える。すると父は困惑した様子で

「前回は、使い込みではなかったなぁ」

と真剣に答える。どうやら過去にも「振り込め詐欺」の電話があったらしい。

 

ーーお子さんが事故を起こして大変なことになっている、相手が重症ですぐに手術しないとならない、ただ本人も入院しているため自分が代理で電話をかけている。とりあえず今すぐお金が必要です。

 

緊迫した状況の電話を一通り聞いた父が一言、

「ああ見えて、あれは娘なんです」

そう伝えると静かに電話を切った。

 

どうやら犯人、

「『息子さん』が大変なことになっている」

と口を滑らせた様子。私は一人っ子ゆえ、息子は居ない。

 

とはいえ堅物の父にしては、なかなかのご名答。

 

しかしそれを聞いていた母親が一言、

「失礼よねぇ、どう見たって女よねぇ」

何を言ってるんだ。犯人は私のことなど知らずに電話をしたのだぞ。私を見て「男」だと思ったとか、そういう話ではない。

ーーあいにく母はド天然。

 

 

とにかく電話はろくでもない。できればSNSでジャブを打ってから架電してもらいたい。いきなりの着信は、どうしたって精神衛生上良くない。

 

そして不在の場合は、必ず留守電メッセージを残してもらいたい。

 

番号登録されていない番号ならば「誰だろう」「何だろう」と不安に苛まれる。

番号登録してある番号でも折り返して不通の場合、不安が募る。

 

結局のところ、架電にまつわる良い話はない。仮にあるとすれば、振り込め詐欺の電話がかかってきたとしても私は出ないから、振り込まないことくらいか。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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