ヒトというのは、強い意志の元でなにかを成し遂げようとする際、もはや好き嫌いなどどこかへ吹っ飛んでしまう・・ということを知ったわたし。
これがまだ、たとえば髪型や服装の好き嫌いならば理解できる。なぜなら、見る人によってはその髪型を好きになってくれたり、服装が似合っていると褒めてくれたり、自分で見る自分よりも他人から見られている自分のほうが、客観的な評価としては価値がある場合もあるからだ。
だが、食べ物の場合はどうだろうか。これに関しては外野がなにをどう言おうが「口に入れるのは自分自身」であり、己が好きなら好き、嫌いなら嫌いとハッキリとしている。
そして、幼い頃は苦手だったり食わず嫌いだったりした食材をいつしか好きになることもあるが、そんな時も決まって「自分自身が美味いと感じる、または不味くないと感じる」という、主観的な判断によって覆されるのである。
よって、周りからどれほど勧められようが、わたしが嫌いな食べ物は「嫌い」なのである。そしてわたしには、三大”不”好物というものが存在する——それは、あんこ・牡蠣・グリンピースのビッグスリーだ。
文字にするだけでも虫唾が走るが、とにかく現物を見るのも不快だしニオイを嗅げば食欲不振に陥るほど、この三つの食材が大嫌いなまま大人になったわたしは、「さすがに、ここ(中年)までくれば逃げきれるだろう」と高を括っていた。
無論、無理やり食べる必要などないし、誰かに克服を強要されることもないのだから、嫌いなら嫌いで死ぬまで嫌っていればいいだけのこと。にもかかわらず、この数日で異変が起きているのだ。
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わたしは今、山手線内で羊羹(ようかん)を食べている。そう、かの有名な「虎屋の一口羊羹」である。
虎屋の羊羹といえば贈答品や手土産の代表格であり、品格と威厳が担保された高級和菓子といっても過言ではない。とはいえ、わたしからすると和菓子・・すなわち小豆やあんこが練り込まれた食べ物など、もらったところで食べられないのだから「嫌味」以外のなにものでもなかった。
そんなわたしが、まさかの「あんこの塊である羊羹」を食べているとは、いったい何が起きているのか——。
「ダイエット中に甘いものを食べたくなったら、一口羊羹がおすすめだよ」
これは、運動に偏り過ぎない「長期的な減量」を得意とする友人の発言だ。
わたしのように、数日間の絶食と水抜きで5キロ落とすやり方の輩にはピンとこない(どうせ短期間だから、その間に甘いものが食べたいとは思わない)内容だが、仮に一カ月かけて体重を5キロ落とすような場合、その一か月間がずっと減量中となるわけで、そうなると甘いものだって食べたくなるのは当然のこと。
そんな時、チョコやクッキーではなく「羊羹」を齧るのがいいのだそう。その理由は「脂質がゼロだから」だ。
羊羹というのは小豆と砂糖と寒天から成る和菓子だが、製造工程で油を加えることがない上に、そもそも脂質が含まれない原材料で構成されていることからも、脂質がほぼゼロとなる。
もちろん、砂糖をふんだんに使用しているため糖質やカロリーはサイズの割に高めではあるが、脂質1グラムあたり約9キロカロリーに対して、糖質1グラムあたり4キロカロリーという点からも、総カロリーは糖質の方がコントロールしやすいのも事実。
さらに、糖質をカットすると筋肉からエネルギーを搾り取られてしまうことからも、過剰な制限は避けたいところ。
一方、脂質は消化・吸収にかなりの時間を要することと、過剰摂取をした場合すべて体脂肪として蓄積されることからも、ランニングや水泳、ロードレースのような有酸素運動を行わない場合は、エネルギー減として脂質を選ぶ意味はない。
それどころか、運動せずに痩せたいわたしにとって、過剰摂取のリスクだけは絶対阻止案件であるのは言うまでもない。
というわけで、カロリーのみならず脂質も一定量以下に抑えるダイエットを敢行しているわたし——しかも、甘いもの大好き!パンやケーキやクッキー大好き!なわたしが、糖分をまったくとらない人生を送るというのは、それすなわち仮死状態を意味するので、やむを得ず手を出し合たのが「虎屋の一口羊羹」だった・・というわけだ。
車内でモグモグしている小さな深緑色の羊羹、その名も「新緑」。おだやかに茶葉が香る、抹茶味の煉羊羹である。
こちらの商品は、1957年(昭和32年)の発売当時は葉緑素とビタミンB群等を含んでいたため、厚生省に「特殊栄養食品」として認可された栄えある過去があるのだそう(虎屋公式サイト参照)。その後、1965年(昭和40年)から「抹茶羊羹」と名を変えて、定番の商品として親しまれるようになった。
言わずもがな、自然な色合いと心地よい苦みがウリの、上品かつ後を引く美味さの逸品である。
(あれ・・もう一個食べたいな)
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もしも「内臓脂肪を落とそう」などと思わなければ、わたしがあんこを口にする瞬間は訪れなかったはず。だが、脂質を大幅にカットする食事制限に挑む今、あんこ(小豆)という食材はわたしにとってある種の救世主となった。
まさか人生も後半に差し掛かったところで、三大”不”好物の一つがわたしを支えることになるとは微塵も思わなかったが、そのくらい人生というのは、いつ大どんでん返しが訪れるのか分からないものなのである。
これからは、あんこと共に二人三脚を試みるわたしだが、「とはいえ、牡蠣とグリンピースだけは断じて口にするまい!」と、残りの二つについては固く心(と口)を閉ざすのであった。




















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