ガレット・デ・ロワというフランスの伝統的魔術に翻弄された私

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今さらながら、新年の抱負というか「今年こそは・・」と自身に対する誓いを立てたわたしは、舌の根の乾かぬ内にさっそくその誓いを破った。

なぜこうもあっさり約束を反故にするのか、自分のことながら不思議で仕方がない。せめて、言ったその日くらい守ればいいものを、友人の前で高らかに宣言したにもかかわらず、その数時間後・・いや、一時間後にあっさりと破ってしまうのだから、全くもって信用ならない。

 

だが、逆にいえばそのくらい中毒性のあるものなのだろう。わたしだって「今年こそは!」と並々ならぬ覚悟で決意したわけで、当たり前だが破るために口にしたわけではない(カッコイイ)。

むしろ、昨年末から着々と準備を重ねてきたくらい、本気で取り組む所存だったのだ。

 

ではいったい、どんな決意をどのように破棄したのかというと、「今年こそは大食いをやめる。特にケーキのホール食いは絶対にしない」という誓いを、閉店間際にフラッと立ち寄った近所のパン店にて、ほぼ完売状態の店内で唯一購入できる商品として陳列されてあった、ホールサイズのガレット・デ・ロワを購入・完食してしまったのだ

 

ちなみに、「ガレット・デ・ロワ」とはフランスの伝統菓子で、1月6日の公現祭(エピファニー)前後に食べられる新年の縁起物である。

その起源は古代ローマ時代の「サトゥルナリア祭(冬至の頃、農耕の神・サトゥルナリアを祝う祭)」にまでさかのぼり、身分を超えて「王を選ぶ遊び」が行われていた——この慣習がキリスト教化され、幼子イエスの誕生を祝う「公現祭」と結びついたのだそう。

そして中世以降、フランスではパイ生地にアーモンドクリーム(フランジパーヌ)を詰め、内部に”フェーヴ”と呼ばれる小さな陶製人形を入れる形式が定着した。具体的には、ホールサイズのガレット・デ・ロワを切り分けて、”フェーヴ”が入っていた人がその日の「王」や「女王」となり、紙製の王冠をかぶって楽しむ・・というものだ。

この遊び(慣わし)は、王権や運命の象徴としての意味を持ちつつ、家族や共同体の結束を強める年始の行事として、現在も世界中で広く親しまれているのである。

 

そんな「新年の縁起物」を前にしたわたしは——というか、パン店の入り口から中を覗いたところ、閉店5分前でオープンの看板は出ているものの、パンというパンが全て売り切れている状態に「もしかして、早めに閉店したのかな・・」と、営業自体を疑っていたわたしに気づいた顔見知りの店員が、入り口まで駆け寄ってきて自動ドアを開けた。そして、「ごめんなさい、パンが売り切れてしまって・・今はこれしかないんです」といって、まるで食品サンプルのようにツヤツヤと輝くガレット・デ・ロワを指さしたのだ。

 

この時点では、ガレット・デ・ロワという食べ物に一ミリも興味はなかった。

もしも、その中身がリンゴやナシなど果物であれば別だが、どちらかというと好きではない部類の「アーモンドクリーム」が入っている焼き菓子など、勧められたところでわたしのセンサーは反応しない。

(べつに好きでもない食べ物・・しかも、ついさっき「今年こそやめる」と断言したホールケーキを、あえて買う意味も必要性もない。とりあえず「新年のあいさつができてよかった」ということで、今日は帰るとするか)

 

そんなことを思いながら他愛もない世間話をしていたところ、顔見知りの店員が突如このような呪文を唱えた。

「これは期間限定の商品で、1月6日までしか販売していないんです。しかも、明日以降は予約でいっぱいで・・ホールはもう買えないかもしれません」

そう言いながら、試食用にカットされたガレット・デ・ロワをわたしの口へ押し込んだのだ。

 

(う、うーん・・・さほど美味いとは思えない、というかわたしの好みの味ではない。カットされたサイズならまだしも、あえてホールで買う必要性はないよな)

これが正直な感想だった。ところが、そんなわたしの脳内を見透かしたかのように、店員は追加の呪文を囁いた。

「この機会を逃したら、次は来年まで食べられませんよぉ」

 

(この焼菓子に興味も関心もないのだが、来年まで食べられないと言われるとなぜかムッとしてしまう。言い換えれば、来年まで生きていられる保証などないわたしにとって、このガレット・デ・ロワとの出会いは一期一会なのかもしれない・・)

 

こうしてわたしは、気づくとホールサイズのガレット・デ・ロワが載ったトレーを持ってレジの前に立っていた。

そして、この店における本日ラストの商品を、しかも超ド級の目玉商品を最後の最後にゲットしたわたしは、二人の店員から笑顔と祝福の言葉を受け、通常ならば有料の手提げ袋を無料にしてもらい、なんだかよく分からないが「謎の満足感」に包まれて店を後にした。

 

——以上が、新年の誓いを反故にした経緯である。

 

 

要するに、何が言いたいのかというと「ヒトは恐ろしい生き物だ」ということだ。

なんせ、馴染みの店員が余計な呪文を唱えなければ、わたしがガレット・デ・ロワを買うことはなかったわけで・・いや、むしろガレット・デ・ロワという伝統菓子を食べることすらなかっただろう。そして一生、ガレット・デ・ロワとは無縁の人生を送ったに違いない。

 

(何を言うか! そんな味気ない人生じゃあつまらない。ガレット・デ・ロワのおかげでフランスの伝統と文化に触れることができたのだそ。感謝こそすれど、後悔などするべきではない!!)

 

・・そうだそうだ、そういうことだ。

 

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