(痛みとは、いつか必ず慣れるものである——URABE)
シャクティーマット6日目。心の中でそう呟くわたしは、ハッキリとした意識の下で嬉しくも残念な思いに駆られるのであった。
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差出人不明の「シャクティーマット」が届いたのは、火曜日の朝だった。
自ら購入した覚えのない商品ではあるが、現に興味があったのは事実。そしてなんと、わたしが「シャクティーマットを欲しているのではないか」と予想した友人が、およそ一か月前に注文してくれたことが発覚。
シャクティーマットとは、樹脂製のトゲトゲ(まるでスパイクシューズの靴底)が大量に付着したマットで、その上に素肌で横たわることで強烈な圧力と刺激を受けた結果、リラックスや疲労回復が期待できる・・というインド発祥のアイテム。
しかも、届いたマットは”アドバンス”という最もスパイクの数が少ない——すなわち刺激の強い商品だった。アドバンスを使用する者の目安としては、圧力の強度が中間である”オリジナル”を半年使用していたり、アスリートであったりと、ある程度の痛みに慣れている又は強度が必要な者が推奨されている。
確かにわたしは痛みに強いが、このシャクティーマットの刺激痛というのは、今までの人生で経験したことのないほど強烈なものだった。しかも、初日から5分間トゲトゲの上へ裸で横たわるという、まさに拷問のような挑戦をしてしまったため、視線の先には三途の川らしきものが流れることとなった。
Shakti製品を使用すると、スパイクに横たわることで、体のツボが刺激され血行が促進されます。最初の数分はチクチクとした感覚があるかもしれませんが、5〜10分後には心地よい温かさが広がり、深いリラクゼーションに導かれます。「シャクティ・ブリス」と呼ばれるこの状態は、肌が直接スパイクに触れることでより効果的です。
とはいえ、オフィシャルサイトにこう書かれてあったので、わたしは「心地よい温かさ」と「深いリラクゼーション」を求めて静かに横たわったのだ。その結果、スパイクによるあまりの刺激の強さに呼吸が浅くなり、目を見開いているにもかかわらず何も見えないという、まさに限界を超えた”究極の瀕死状態”を体験することとなったのである。
にもかかわらず、「シャクティ・ブリス」を感じるには、およそ20分の時間が必要とのこと。たった5分でこのありさまだというのに、これを20分も続けられる人間というのは、いったいどんな境地にたどり着いた者なのだろうか——。
こうしてわたしは、達人の領域・・いや、もはや神の領域に足を踏み入れるべく、ハードモードのシャクティーマットの上に5分間横たわる修行を続けたのであった。
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(・・ヤバイ、耐えられる)
そして6日目の今日、わたしの身体に異変が起きた。昨日までは脳内が得も言われぬ不快な刺激で活性化されていたが、今日はそれが感じられない。しかも、あの「強すぎる刺激から逃げたくて仕方がない衝動」が、突如どこかへ消えてしまったのだ。
ああ、初日に味わった「痛みに耐えるあまり意識が薄れる感覚」や、「目を開いているのに何も見えない状態」といった、臨死体験に近い状況が今日は微塵も感じられない。なぜだ・・・。
その答えは「刺激に慣れた」である。すなわち、神経が痛み(刺激)に順応しエンドルフィン(脳内麻薬成分)の分泌がスムーズとなったため、初日に感じた拷問から脱却したというわけだ。
これは非常に喜ばしいことである反面、ある種のショックでもあった。なぜならわたしは、じつは密かに期待していたのだ。この極限状態の先には未知の世界が広がっており、そこへたどり着けばUFOすらも見えるようになるのではないか・・と。
いかんせん、初期に感じていたあの”刺激痛”は絶大だった。それこそ言葉にならないどころの話ではなく、うっかり気を抜けば魂が抜け出てしまうほどの錯乱状態に陥っていたのだから。
それが今はどうだ——意識はクリアで視線の先にあるものを明確に認識できる。おまけに、ややもすれば「心地よい」とまで感じてしまっているではないか。
そう、人間とは痛みに慣れる生き物なのである。そしてこの痛み(正確には刺激)が通常モードとなってしまったわたしは、もはや異次元にアクセスすることは不可能。結局のところ、特殊な能力を身につけることはできないのか——。
そんな絶望感に打ちひしがれつつ、「にしても、マジでこのまま眠れそうだ」と、トゲトゲだらけのシャクティーマットの上で思うのであった。
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