ニートのすねかじりと子離れできない毒親に、制裁を加える主

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どう足掻いても上手くいかない時がある。だが、もしも「なにかが出来るようになる前段階」だとすれば、それはむしろ好意的に受け止めるべきだろう。

ハーバード大学の某教授が言っていた、「快楽などの報酬を得るのに、努力や我慢のような苦労を経てから手に入れるのが正しい」という言葉を思い出すわたし。ドラッグやアルコール、甘いものなど”簡単に手に入る快楽”は、結果的に依存につながりやすい。これらに対して、運動や創作活動などはすぐさま快楽を得ることはできないが、体を動かして汗をかいたり、絵画や音楽など芸術作品を完成させたり、努力や苦労を重ねた結果たどり着く境地・・というと大げさだが、最終的に体験できる快楽は、依存とは異なる充実感がある。

だからこそ、苦しくても逃げないほうがいい。遠い未来かもしれないが、いつか救われるのであれば、たとえ”いばらの道”でも歩き続けたほうがいいからだ。

 

とはいえ、むやみやたらに我慢するのも間違っている。たとえば、やり方が違うせいで上手くいかないだけなのに、それに気づかず盲目的に突き進むのは、逆効果どころか悪影響を及ぼすだろう。あくまで、成功への正しい方法や手順を踏んでいる場合、その途中にある苦痛は乗り越えるべきだ・・というだけで。

(滅多にやらないが、パズルや知恵の輪のような忍耐系の作業も達成後の快感は大きいな・・)

 

そして今、なにが上手くいかないのかというと・・ピアノである。これはもう定期的に訪れる現実なので、「またかよ!」と言いたくもなるが、それでもまた新たな壁にぶつかっているのは間違いない。

一オクターブを目いっぱい叩かなければならない曲に取り組むわたしは、暇あらば指と指の間を広げるストレッチを行っていた。具体的には、”小指と薬指”や”薬指と中指”など隣同士の指の間に、逆の手の指を3本押し込んで、根元に向かってグイグイ押し込む方法だ。

このストレッチを続けるうちに、いつしか第二関節(PIP関節)を超えるまで指を押し込めるようになったが、実際に一オクターブをラクに弾けるようになったかというと、そうではなかった。指は開くようになったのに、なぜ——。

 

その答えは簡単。なぜなら「自発的に開かせていない」からだ。

 

物理的に指と指の間が開いたとしても、何らかの”支え”がなければ開かない・・というようでは打鍵はできない。鍵盤を掴んで押し込む力を加えながら、なおかつ指が開かなければならないわけで、その努力は自分自身が担う必要がある。

このことに気づいたのは、師匠の発言がきっかけ。

「お父さんとお母さん(親指と人差し指)は寝たきりのご老人でいいので、子どもたち(小指と薬指、場合によっては中指も)に働いてもらう必要があるのよ」

そう言われて、わたしは素直に外側の指を積極的に使ってみた。すると、意志に反して父と母がでしゃばってくるではないか。

(起きてくるな!おとなしく寝ていてくれ)

小指と薬指を頑張らせると、それに便乗して人差し指と親指まで頑張ろうとする——まるで、引っ張られるかのように。これはすなわち、子どもたちが自立できていない証拠だろう。親のすねをかじって・・あるいは、親が子離れできていないせいで、互いに依存しあっているのだ。

(毒親から子どもたちを切り離さなければ・・)

 

こうして、子離れ・親離れに取り組み始めたわたしだが、当然ながら注意を一点に注ぐと全体のバランスを保てなくなるため、曲はまともに弾けなくなった。それでも、この”依存しあう関係性”を解消しなければ明るい未来がないことは分かっているので、今はただ、上手くいかないむず痒さとイライラに耐えながら、子どもたちの自立を促すトレーニングに励むしかないのである。

このことを知らないピアノの先生(師匠ではなく、もう一人の先生)は、上手く弾けなくなったわたしを心配そうに見つめながら、「とりあえず片手ずつ、ゆっくり弾いてみようか」と哀れみの言葉をかけてくれた。

(すまない、先生。もう少しだけ待ってくれ・・前よりもいい音を出すから)

 

今この場で先生を安心させる方法はある。だが、それをやったのではいつまで経っても変化は訪れないし、現実逃避を続けることになる。だからこそ、上手くいかない不安と苦痛を踏みしめながら、”出来るようになる日”に向かって歩き続けるのだ。

——そう思い込ませつつ、なんとかレッスンを終えたわたしは思った。

いい加減に親から自立しない子ども、あるいは子離れできないバカ親を正すためには、まずは子どもたちが「自分の足で、地面(鍵盤)を蹴る意志と覚悟」を持たなければならない。その上で、親は子どもの決意を邪魔しないように寝たふりをしなければならない。

(これって、現実社会でも同じなんじゃ・・)

 

所詮は人間の行動なのだから、状況に差はあれど根本は同じなのだろう。あぁ、そんなことはどうでいいから、とにかく早く快楽を手に入れたいのである。

 

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