(なんで右側にだけ、ブツブツができてるんだ・・)
ふと鏡を覗くと、なぜか右頬や右アゴそして首の右側にだけブツブツができていた。赤や白のみずみずしい発疹ではなく、無色の汗疹(あせも)あるいは汗疱(かんぽう)のような見た目で、どちらかというと乾燥している湿疹だ。
なにかに触れてかぶれたとか、もしくはアレルギーやウイルス感染などではなさそう——あ、これはもしかすると、道衣でこすれて皮膚炎を発症したのではなかろうか。
多分、この予想は当たっている。ちょうど道衣の襟が触れる部分・・しかもチョークを極められたときに当たるであろう箇所に、ブツブツができているのだから。
しかし、だとしたらなぜ今さら??・・という疑問は拭えない。蒸し暑い夏ならばまだしも、外気は乾燥し皮膚が白くカサカサになる時期だというのに、なぜ汗疹のようなブツブツが発生するのか分からない。
(いずれにせよ、皮膚科を受診するしかないな・・)
こうしてわたしは、近所の皮膚科を訪れたのであった。
*
「フェイスラインの色素沈着、柔術で擦れてできたやつだよね」
仲のいい女医が、からかい半分にそう突っ込んできた。自分ではあまり意識していなかったが、たしかにわたしのアゴから首にかけての皮膚は、黒ずんでいたり皮が剥けていたりと、見るからに醜い状態だった。
そんな哀れなオオショウジョウ(大猩猩)に向かって、女医は救いの手を差し伸べた——そう、カスタマイズ治療という名の施術である。
一般的な皮膚表面の色素沈着や赤みの治療としては、レーザーやILP光治療が有名。しかし、皮膚の表面へそれらを照射するだけでなく、皮膚の奥(真皮)まで届かせることで、すべての皮膚層の状態を改善することで健康な美肌を導き出すのが、カスタマイズ治療なのだ。
いかんせん猪突猛進タイプのわたしは、顔面の至る所に擦り傷や色素沈着をこしらえている。おまけに、化粧をしないどころか日焼け止めも保湿クリームも化粧水も使わず、挙句の果てには顔もロクに洗わないのだから、面の皮が悲惨なことになっているのは言うまでもない。
それにしても、言われてみればなんだこの黒ずんだ薄汚い顔は——。まるで汚れが染みついているかのような悍(おぞ)ましいシミや肝斑を見ていると、吐き気がするほど不快な気分になる。よくぞまぁ、こんなきったねぇ顔を晒してきたもんだ・・。
そこでわたしは、顔と首にできた湿疹の治療とともに、顔面にこびりついた汚れを落とす治療を申し込むことにした。これで少しはモテるようになるはず——。
「それがね、ブツブツと色素沈着を同じ日に診療はできないのよ」
・・え、なんで??
「混合診療っていって、保険診療と自費診療を同日に併用することは禁じられてるの」
なるほど——。特例として先進医療などは認められているが、原則、混合診療は健康保険法上禁止されているのだ。といっても、首のブツブツと顔の色素沈着は部位も異なるし症状もまったく違うわけだが、それでもダメなのか——。
(ならば仕方ない、今日は顔面をキレイにしよう・・)
その場にいたドクターと看護師が、目を丸くしながら思わず突っ込んだ——ブツブツのほうじゃないんいかいっ!!!
このブツブツは、放っておいてもそのうち治るだろう。皮膚科に来ておいてこんなことを言うのもアレだが、このブツブツは緊急を要する類のものではない。ただ、なんとなく目につく場所にできているのが気になったので、どうせならば・・と近所のクリニックを訪れただけなのだ。
しかしながら、顔面の黒ずみは放置すればするほど黒く汚く刻み込まれる可能性が高い。なんせ、顔面を道衣にこすりつける攻め方がウリのわたしだからこそ、フェイスラインを薄汚く変色させてしまったわけで、ならば即刻どうにかしなければ、それこそ手遅れ(モテ期の)となるに違いない。
——こうしてわたしは、ブツブツの治療でクリニックを訪れたにもかかわらず、散々チョークを耐えた勲章である”アゴの色素沈着”を落とす治療のみを行い、サッサと帰宅したのである。
*
「軟膏でネオメドロールとゲンタシンがあるんだけど、ブツブツに塗るならどっちがいいかな・・」
帰宅するとすぐに薬剤師の友人へLINEを送った。すると「ネオメドロールはステロイド入ってるから、塗らなくてもいいような・・」という、まっとうな答えが返ってきた。同時にブツブツの画像も送ったところ、「それ、汗のせいじゃない?」というまさかの意見が飛んできた。
彼女の見立てによると、”練習頻度が多くなったとか、何らかの理由により発汗量が増えた結果、汗を放置する時間が長くなったため汗疹だか汗疱だかが発生したのではないか”とのこと。——あながち、間違っていないかもしれない。
じゃあ仮にそうだとして、わたしはどうすればいいのか尋ねたところ、
「汗をかいたらすぐに拭いたほうがいい。汗を放置すると皮膚が蒸れるから」
と、本日二度目の至極まっとうな回答をもらった。なるほど、汗をかいたら拭けばいいのか・・・。
*
皮膚科では散々「保湿をしろ」だの「肌への摩擦を減らせ」だの説教をされたが、それはすなわち柔術を辞めることに繋がるわけで、となるとわたしの最大の楽しみである”食べること”に影響が出ることからも、とてもじゃないが受け入れがたい。
そして、再び顔が黒ずんでいたたまれなくなったら、わたしは皮膚科を訪れるのだろう。その逆に、ブツブツでは決して受診しないであろう未来が見えるのであった。
(だって、汗をかいたらすぐに拭けばいいんでしょ!)
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