「なんで港区に住んでるの?」
足立区に住む友人・石井が尋ねてきた。
「んー、見栄を張りたいから」
と、わたしは即答した。
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金持ちの友人宅にある「愛犬の部屋」と同じくらいの広さ・・いや、狭さのわが家は、港区クオリティと言わざるを得ない高額な家賃が設定されている。
それはそれで致し方ないことだと諦めているが、なぜそこまでして港区にしがみついているのか・・と問われれば、やはり「見栄を張りたいから」という答え以外に理由は見当たらない。
なんせ、港区白金に住んでいる・・といえば、十中八九「すごーい!」「さすがお金持ち!」などとキラキラした瞳で羨ましがられるわけで、白金生まれ・育ちの人間以外は全員、そういう理由が多かれ少なかれあるはず。
中には「治安がいいから」「地理的に便利だから」などという聞こえの良い理由を述べる者もいるが、そんなのは表面上の言い訳である。治安がよくて地理的に便利な場所など、他にもたくさん存在するし、23区内であれば公共交通機関が整備されているため、どこに住んでいたってそれほど移動に苦労することはないからだ。
だったら素直に「自分のステータスを上げるため」と認めてしまえばいいのに、そうも言えないプライドの高さもまた、シロガネーゼなのだろう。
そしてわたしは、毎月の支払いに奔走しながらも、他人からの羨望のまなざしを手放すことができず、シロガネーゼという肩書に必死にぶら下がっているのである。
誰がどうみても、言動が下品で荒っぽく、洗練されていないこのわたしが、白金に住んでいるなど信じられないだろう。だからこそ、その大きな違和感からくるギャップにより、必要以上に記憶されるわけだ。
「あの粗野なURABEが、まさかのシロガネーゼ?!」
・・・それだけで作戦成功である。
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「部屋の間取り、1DKだっけ? 足立区なら7~8万円で住めるよ」
ため息をつきながら石井が呟く。その金額を聞いて、わたしは仰天した。——まさかの半額以下ではないか!!
そもそも冷静に客観視してみれば、わたしにピッタリな区は足立区だろう。単なるイメージではあるが、コンビニ前でヤンキー座りをしながらカップ麺をすする・・あぁ、なんと懐かしい光景だろうか。
目が合ったサラリーマンに向かって「あぁ?なに見てんだよ!」と、顔を左右に傾けながら迫る姿など、今すぐにでも実行できるであろう慣れた言動である。
そして、目指すは友人・石井のポジションだ。なんせ彼は「足立区に石井あり」と畏怖されるほど、足立区にとって重要な存在なのだ。
当然ながら警察とも旧知の間柄であり、夜な夜な愛車で近所をパトロールするなど、足立区の治安を守っている張本人が"石井"なのである。
「アタシってさ、どっちかというと港区よりも足立区って感じだよね?」
「まぁ、そうだね」
足立区の重鎮のお墨付きをもらえるほど、わたしは足立区のオーラをまとっているのだ。
(もしもわたしに、つまらぬ見栄やプライドを捨て去る勇気があれば・・・)
最寄り駅は足立区・竹ノ塚駅——これこそが、等身大のわたしの住む街である。
*
とはいえ、警視庁発「区市町村の町丁別、罪種別及び手口別認知件数」を見てみると、足立区よりも治安の悪い区が存在するではないか。
令和5年度の年計を見てみると、足立区での犯罪合計4,222件に対し、新宿区はなんと5,537件となっている。そのほかにも江戸川区は4,289件、田園調布を有する世田谷区は4,084件と、ワースト常連と思われていた足立区よりも、犯罪件数の多い(もしくは同程度)区は存在するのである。
もちろん、人口で除してみればこの順位も変わるだろうが、それでも足立区の独走状態ではないことは明らかだ。
——自分らしさを取り戻すのならば、足立区に住むべきだろう。だが、自分を偽り背伸びをし仮面をかぶった人生を送るのならば、港区に住み続けるべきだろう。
そんなわたしの内心を見透かすように、足立区の重鎮はニヤニヤしながらキャラメリーミルクコーヒーフラペチーノを啜っていた。
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