美しき勇者、現代のジャンヌ・ダルクよ!

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美しい——。なんと美しく気高い姿なのだろうか。彼女こそが「現代のジャンヌ・ダルク」と呼ばれるにふさわしい勇者に違いない。

 

 

東京ミッドタウン日比谷の地下一階、地下鉄日比谷線とミッドタウンを繋ぐ通路の最後——あと一歩でミッドタウンというところ——には、恐ろしい罠が仕掛けてある。そう、超音波トラップだ。

時代を感じる日比谷線からの連絡通路が、現代的な洒落た照明を浴びる頃、その先には美味そうな匂いを放つアップルパイ専門店が待ち構えている。本日もご多分に漏れず、若者たちが列を作ってアップルパイを買い求めており、久しぶりにわたしも一つつまんでみようかな、などと陽気な気分になるのである。

 

だがそこには、キラキラと輝くアップルパイの手前には、世にも恐ろしい罠が仕掛けてある。それはわたしにとって、前世を思い出させられるような苦痛を伴う不快感でしかない。

 

よく「それって、若者だけに聞こえるモスキート音だよね?」と一括りにされるが、どうやらそれとは違う種類の超音波ではないかと思っている。いや、そのモスキート音との相性が異常に悪く、人一倍の刺激に悶絶しているだけなのかもしれないが、とにかく耐え難い苦痛に襲われるのだ。

たとえるならば、巨大なフォークで側頭部を両側からグサグサと串刺しにされるような、脳みそがぐしゃぐしゃになる感覚である。実際にそこまでの痛みは伴わないが、ガツンと殴打されたような不快感は痛み以上に神経を逆撫でする。

 

ちなみに「痛み」といっても、骨折や靭帯損傷にはめっぽう強いわたし。ところが神経痛のようないやらしい痛みには非常に弱いのだ。そのため、虫歯や生理痛のような「我慢すること自体が苦痛」となる症状は、鎮痛剤の力を借りてでも逃避するしかないのである。

そして情けないことに、超音波による攻撃には連戦連敗。これもすべて、わたしの前世が蚊やハエのような飛翔性昆虫であるのが原因と思われる。なぜならば、蜘蛛の巣が怖くてモスキート音に反応するとなれば、飛翔性昆虫だった根拠として有力といえるからだ。

・・なになに?モスキート音は蚊が出す羽音なのだから、蚊にとって苦手な音ではないはず?・・まぁ細かいことは気にせず、関連性だけで紐づけていこう。

 

そんなわたしは、いま正に試練の時を迎えている。なんの因果か、アップルパイの店から日比谷線へと向かう通路を、問答無用で歩かされようとしているのだ。

 

実のところ、数分前から嫌な予感はしていた。

見た目は地方局アナのような、それでいて天真爛漫な友人が、悪気もなく地獄の登竜門へと向かっているのを、それとなく察知していた。その可愛らしい後ろ姿を追いかけながら、わたしは内心こう祈っていた。

(どうかモスキート音を克服していますように・・)

なにかの歌詞にありそうなセリフだが、昨日まではダメだったとしても、今日のわたしは違っているかもしれない。人間というのは日々成長し進化する生き物なわけで、過去のわたしはもう存在しないのだから——。

そうだ、わたしは戦士である。強くて勇敢な女戦士なのだ!!

 

いよいよ彼女が登竜門をくぐろうとしている。その5メートル後ろを、のそのそとついていくわたし。大丈夫、きっと何も起きない——。

そして彼女は、颯爽と門をくぐった。ワンピースの背中に付いている白いリボンがふわふわと揺れる。まるで北欧の草原でそよ風に吹かれながら、無邪気に散歩をする少女のようだ。・・よし、わたしも同じ気分で踏み込もう。

 

「ギャッ!!!」

 

足取り軽くモスキート音に飛び込んだ瞬間、忘れかけていたあの不快感に襲われた。クソッ、待ってました!とばかりに、わたしはまんまと罠にはまったのだ。

 

体を硬直させて思わずのけぞったわたしを、不思議そうな顔で見つめる友人。陶器のようなきめ細かな肌、そして艶やかな唇から白い歯をのぞかせて、笑顔で彼女はこう言った。

「あ、やっぱりダメだった?」

水玉のワンピースを揺らしながらこちらへ引き返してくる友人。

 

——なぜだ。あんな、局アナみたいな戦闘力ゼロの女性に通過できて、この野性味あふれるわたしに通れない道があるだなんて、にわかに信じがたい。

だがこれこそが現実。わたしは弱者ゆえに登竜門をくぐることができないのだ。そして彼女は、怯えることなく勝者の笑みを浮かべながら突破したのだ。

 

あぁ、なんと気高く美しい姿だろうか。あなたこそが、現代のジャンヌ・ダルクに違いない——。

 

 

敗者となったわたしは、反対側の通路から改札へと向かうのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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