結局、この島を左右するのは、アタシたち派遣社員なのよ――。
アスカは、ヌラヌラと輝くピンクのグロスを塗りながらそうつぶやいた。彼女は某メガバンクで働く派遣社員。27歳にして銀行の裏も表も知り尽くす、スーパーOLでもある。
派遣当初、服装について何度も注意を受けたアスカ。だがその都度フルシカトで自身のスタイルを貫いてきた。たとえば膝上15センチのスカートで出社したところ、上司からこのような小言を言われた。
「ロングスカートとは言わないから、せめて膝下まであるスカートを履いてもらえないかな。ミニスカートはさすがに・・・」
「アタシのなかで膝上は普通のスカート、膝下はロングスカート、股下5センチがミニスカートです!」
ピシャッと言い放つアスカ。よって、膝上15センチなど彼女の中ではごく普通のスカートなのだ。
「ムカつくから、明日は股下5センチで出社してやろうかしら」
そんな愚痴をこぼしながらも、膝下まであるスカートなど一度も履くことなく今日を迎える。
*
銀行内部は派遣社員であふれている。営業が取って来た資金調達の仕事に対して、派遣社員らが伝票を起こしたり手形を発行したり、専用端末を操作して社員を支えている。
「横山さんの仕事、やりたくないわぁ」
「残念!ババ引いたわね」
このように営業担当は、派遣社員たちにより品定めをされる。なぜなら「仕事ができるできない」は、彼女らへ回ってくる資料の整い方を見れば一目瞭然だからだ。
普段どんなに偉そうな振る舞いをしていても、資料がバラバラで不足書類の多い横山は不人気ナンバーワン。逆に、何一つ指摘することのない完璧な書類を回してくる柳瀬は、皆がこぞって取りたがる人気の的。
営業担当が自身の能力を誇示するまでもなく、営業補助である彼女らは完全に見抜いているのであった。
*
派遣社員でありながらも営業部のすべてを把握するアスカは、営業部長の愛人。そして昨夜もベッドの中で新たな情報を仕入れてきた。
「窓口の咲綾が、営業一課の袴田と付き合っている」
袴田は女性従業員から人気ナンバーワンのモテ男。見た目も仕事もできる男だが、なによりも「気遣い」に長けている。流行りのスイーツが出ればいち早く仕入れ、派遣を含む全女性従業員に差し入れる徹底ぶり。
だが問題なのは袴田が既婚者であること。彼の妻は元モデル、ドイツとのハーフでベストボディジャパン日本大会常連の9頭身美女。それにもかかわらず、あの役員キラーの咲綾と関係を持つとは。
――どーりで最近、咲綾の様子がおかしいと思ったわ。エレベーターで一緒になった袴田さんと咲綾、違和感というか不自然さがすごかったもん。あの時、もうすでに付き合ってたんだ。
実はアスカ、ひそかに袴田を狙っていたのだ。営業部長の田辺も悪くはないが、さすがに年齢的な衰えもあり、女ざかりのアスカにとっては物足りなさを感じていた。
そこで、営業部ナンバーワン人気の袴田へシフトチェンジしてやろうと、水面下で画策していたのだった。
――あーぁ、先越されたか。
「・・ちゃん、アスカちゃん!ちょっと、聞いてる?」
名前を呼ばれ、ふと我に返る。声の主は同じ派遣会社のルミ子だった。
「私さぁ、じつは部長にコレなのよ」
そう言いながら、人さし指でデスクに小さくハートを描く。49歳独身のルミ子は婚活にすべてを注いでいた。だが見た目も中身も大したことのないルミ子は、自分はさておき相手に求める条件が多すぎるため、何年たっても相手が現れない。そんなルミ子がまさか、田辺に惚れていたとは――。
「3回目の告白をしたの。でもはぐらかされちゃってさ・・」
そりゃそうだ。彼は若い子が好みなのだから、田辺と同い年の女など抱けるはずもない。それにしても既婚者の田辺と付き合ったところで、どうしようというのか。
「私のためにも早く離婚してくださいって言ったんだけど、反応はイマイチだったわね」
このオバサン、自分の分際をわきまえていないにも程がある。特大サイズの卓上ミラーでも送ってあげようかしら――。
このように銀行内部は、派遣社員を中心に不倫がステータスとなっているのだ。
*
「アスカ!一階でとんでもない修羅場が起きてるわよ」
なんと例の袴田の美人妻が、不倫相手である咲綾と直接対決に訪れたのだ。黙っていても人目を引く、鋭い美しさを放つ袴田の妻。咲綾の目の前に立つと、フロアに響き渡る声でこう叫んだ。
「ワタシの夫を奪ったビッチは、どの子かしら?」
支店長はじめ役職者が平身低頭して許しを請う。咲綾は真っ青になり、先輩社員に引きずられるようにして奥へと引っ込んだ。
――袴田に行かなくて正解だったわ。
キーボードを叩きながらアスカは静かにほくそ笑む。
不倫が罪であることはさておき、行員たちのキャリアを左右するのは営業成績ではなく派遣社員であることを、アスカは十分に理解していた。
(了)
サムネイル by 希鳳
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