格闘技の試合はオールP・P・V(ペイ・パー・ビュー)にすればいい。デカいハコを借りて多くの観客を入れるという、従来の方向性を改めるべきだーー。
コロナ禍で色々と制限を強いられる中、それでも多くの人が安心して楽しめる格闘技の観戦方法はコレだ、と思っていた。
だが今日、久しぶりのさいたまスーパーアリーナで思ったことは、
「選手入場だけは現地で見なければならない」
ということだった。
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本日のイベントはRIZIN30。
RIZINは入場ゲートに選手が現れてからリングインまでしっかり時間をとるため、そこもまた一つのエンタメとなりつつある格闘技イベント。
RIZINのライブ動画配信サイトでは、著作権の関係から使用される楽曲にはミュートがかかる。よって、入場曲を楽しみにしている人間にとっては、非常に残念な時間帯となる。
それが現地であれば(入場曲を)余すところなく堪能できるので、チケット代の半分はここで回収できる。
選手が自らの入場に選ぶ曲は、自分が好きな曲であったり、思い入れのある曲であったり、戦いに向けての気持ちを高ぶらせてくれたりする曲だろう。そしてそこには、選手個人の様々な想いや過去がリンクする。
本日、試合に出場するのではなく格闘技を引退するにあたり、最後の挨拶の場を用意された選手がいる。元パンクラス・バンタム級チャンピオンの石渡伸太郎だ。
石渡は「SUPERSTAR/Fire Ball」という曲を入場で使ってきた。イントロから耳に残る印象的な曲で、まるで石渡のために作られたのかと思うほどマッチしていた。
そして今日、あのイントロが流れた瞬間、鼻の奥がツンとするような懐かしい感覚に見舞われた。
黒い金網(ケージ)が主戦場のパンクラス。会場がまだディファ有明だった頃、私は初めて石渡の試合を見た。格闘技に興味のない私だが、たまたま友人が「石渡伸太郎の姉」だったため、弟の試合を一緒に応援しよう!というのがきっかけ。どんな選手なのかも、強いのか弱いのかもしらない状態で試合を観戦したのだが、結果として石渡が圧勝した。
(しかし、やけにゴツイ飾りを肩にぶら下げてるな)
そう、ゴツイ飾りはチャンピオンベルトだった。幾度となく防衛を果たしたキング・オブ・パンクラシストが、友人の弟である石渡だったのだ。
それから戦場をRIZINに移し、好敵手であり戦友である堀口恭司らと熱い戦いを繰り広げつつ、総合格闘技の普及に貢献し続けた石渡。そんな彼は前回、新鋭(といっても元UFCファイター)・井上直樹に敗れ、引退を決意。その引退セレモニーが本日、試合の合間に行われた。
試合時、石渡はTシャツにファイトショーツという格好で入場するが、今日の彼はグレーのスーツに身を包み、「もう二度と戦うことはない」という意思が伝わってくる。
それでも、「SUPERSTAR」の曲とともにゆっくりと花道を歩む姿は、かつての石渡を彷彿とさせた。
色々な思いが胸をよぎる。きっとこれからも、この曲を耳にするたびに彼を思い出すことだろう。だが今は、心の底から「ありがとう、そしておつかれさま」と伝えたい。
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入場曲はアーティストの曲をそのまま使う場合もあれば、選手用にアレンジされた曲を使う場合もある。
普段から食事に行ったり練習したりと仲のいい彼女らは、長年、女子格闘技界をけん引してきた大御所でもある。9年前の一戦を除き、それ以降は階級(体重)が異なるため戦うことはなかった。それが今回、藤野が階級を下げたことでドリームマッチが成立したのだ。
そんな二人の入場曲はオリジナル。曲の途中でそれぞれ本人の名前が登場するので、まさに彼女たちのために作られた曲といえる。実際は、以前からある曲の歌詞を藤野/浜崎用に作り替えたものだ。
藤野の入場曲は「SONOMAENI/Micky Rich」、浜崎の入場曲は「PRINCE OF YOKOHAMA/サイプレス上野とロベルト吉野」。
この2曲は贔屓目なしにいい曲だ。こんな素敵な曲を引っさげて入場できれば、試合へのテンションも間違いなく上がる。
そして観戦する我々もこの曲を聴きながら、二人のこれまでの格闘技人生と、この試合にかける強い決意を感じずにはいられないわけで、やはり熱いものが込み上げてくるのだ。
いつか二人が格闘技を引退する日は訪れるだろう。だがこの曲を聞けばいつだって、血だらけになって顔をパンパンに腫らせた藤野と浜崎を思い出すだろう。
格闘技というのは、彼ら/彼女らの人生そのもの。そして入場曲は、戦いの記憶を永遠に刻むアラームのようなものだから。
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