(今夜はこれしかないか・・)
帰宅したわたしは、テーブルの上にある「アーモンド小魚」を見つめる。
アーモンド小魚といえど、これは天下の「成城石井」の商品。そんじょそこらの安物とは違う。なんせ瀬戸内海産のカタクチイワシが、ほんのり甘く味付けしてあるのだ。
さらに、カタクチイワシに合わせて細長くカットされたアーモンドとの相性も抜群。さすがは高級スーパーマーケットよ。
わたしは床にあぐらをかき、アーモンド小魚のフタを静かに開けると、カタクチイワシ1匹に対してアーモンド2粒という黄金比を厳格に守りながら、ポイッと口へ放り込んだ。
乾燥したカタクチイワシの硬さと粉っぽさを、いわしの表面にまとわりつく甘ったるいベタベタが、まろやかに中和させている。
さらにアーモンドのコリコリした歯ごたえが、粉っぽいくせにベタつく小魚のいやらしさをまぎらわせてくれる。
(よく考えて作られたもんだ・・)
こんなどうでもいいことに感動しなければやってられないくらい、今のわたしは食に対する嫉妬心に駆られていた。
それは、あの男と会ったからだ。
*
「あたしさぁ、最近玄米に凝ってるんだよねー」
「おかげでさぁ、肌がツヤッツヤになった気がするの」
目を輝かせながら、肌艶の変化について報告してくれる。
ここは志麻の美容室。わたしは定期的に「戦闘機」のメンテナンスをしにここを訪れる。
先ほどの彼女の発言に対して正直な感想を述べると、志麻は元から肌がツヤツヤしている。年齢のわりにみずみずしい素肌こそが、彼女の持ち味といえる。
それゆえちょいブス止まりで、決してブスの領域には踏み込まない。そのあざとさは「さすが」と言わざるを得ないのだが。
わたしの整備が終わったところで次の戦闘機が現れた。P3C哨戒機のようだ。
「哨戒機」とは海上をパトロールする軍用機のこと。
領海区域内を航行する船舶などの状況を監視するほか、ミサイル発射に対する監視など護衛艦・航空機を柔軟に運用し、周辺海域における警戒監視活動を行っている(出典:海上自衛隊)。
P3C哨戒機はプロペラ機で、長時間のフライトと低速かつ低空飛行が特徴。そのため、不審船舶を至近距離で監視し、即座に対処することが可能。
海に囲まれた島国・日本を守るには、必須の航空機といえる。
哨戒機のパイロットは岡本(仮名)。見るからに怪しいオッサンだ。
道端でコッソリ、背中を丸めながらタバコを吸っている。
「岡本さぁん、いらっしゃーい」
ちょいブスが笑顔でオッサンを迎え入れる。
「岡本さんはね、おいしい飲食店を紹介するブログ書いてるんだよ」
アロハシャツに色付きメガネ。完全に不審者の岡本が、頭をかきながらこちらを見る。
なんとこの男、有名グルメブロガーらしい。都内を中心に美味いもの巡りをしている様子。
ーーこのオッサンに食べ物の美味さがわかるのか?
初対面にもかかわらず上から目線のわたしは、空母から離陸=美容室を去ると、早速、岡本のブログを検索した。
そして気付くと自宅にたどり着いていた。
*
「アーモンド小魚」を食べ尽くすと、数日前にレンチンしたトウモロコシを冷蔵庫から引っ張り出す。
(一本丸ごと食べたら、明日の食糧がなくなるな・・)
折りたたみ傘ほどのトウモロコシを半分にへし折ると、ていねいにラップで包み冷蔵庫へと戻す。
半分のトウモロコシで一本分の満足を得るためには、食べ方に工夫が必要。無心にモシャモシャがっついたのでは意味がない。トウモロコシの粒を一つ一つ愛でながら、前歯でチマチマもぎ取って味わうのだ。
右手でトウモロコシ、左手でスマホをいじりながら、画面に写る美味そうな晩メシを拡大する。
(あのオッサン、自分でも作るのか・・)
圧倒的に食欲をそそられる料理がそこにある。
「ジャガイモとオクラのカレー風味炒め。両親が育てた野菜をサブジ風に炒めました。」
く、くやしい!
あんなアロハのオッサンが、サブジとかいうリア充っぽい料理を作るだなんて。認めたくもないし信じられない!
「とうもろこしご飯は、塩なしでそのまま。」
サブジの奥にはとうもろこしご飯が写っている。わたしは思わず、右手で握りしめるトウモロコシをにらんだ。
(この画像にあるとうもろこしご飯は非常に美味そうだ。おまえもどうにかして、このくらいに変身できないか?)
だが右手のトウモロコシは、微動だにせずわたしをにらみ返す。
ーーいいんだ、これでいいんだ。貧乏人はカタクチイワシにトウモロコシで十分。
お、そうだ。冷蔵庫には1週間前のウインナーが2本残っている。肉が食べられるとは、なんと贅沢なディナーよ!
ついでにキッチンの端っこには、しなびたサツマイモも転がっている。
賞味期限の切れたミックスナッツの大袋も、棚の奥から顔を覗かせているではないか。
*
ウチにはまだ食べられそうな食材がそこそこある。
今が戦時中なら贅沢すぎるほどの品揃えだ。
「他人の食をうらやむ前に、自分の食に自信を持とう」
そう言い聞かせる、貧しいシロガネーゼがここにいる。
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