コンタクトレンズ、特にハードレンズを着けている人なら分かるだろうが、あれは強風の日に飛ばされる。
今でこそわたしは使い捨て(ソフト)レンズだが、小学校の頃から長いことハードを使ってきた。無論、わたしが選んだわけではなく医者がハードのほうがいいと言ったからだ。
ハードレンズには眼球の形を矯正する力がある。プラスチックでできた小さな椀状のレンズが、目玉の頂点に乗っかる(実際は涙の上に浮かんでいる)ことで、目玉の表面をグッとつまみ上げている感じがする。
乱視を矯正するにはハードレンズと言われるので、近視のみならず乱視も強いわたしにはハードが向いていたのだろう。
そして過去に何度も、装着しているコンタクトを風で飛ばされた。最も回数が多かったのは高校の時。あの頃は自転車通学だったし、やたらと風に当たる環境だったのかもしれない。
当時、一枚25,000円くらいする上等なレンズを使っていたため、風で飛ばされた時はそれはもう泣きそうになった。
そしてなぜハードコンタクトは飛ばされるかというと、レンズが小さいからだ。
ソフトレンズは黒目を覆っているため、目玉にピッタリ貼り付いて風が吹いても飛ばされない。しかし黒目より小さなハードレンズは、目玉の先端にちょこんと乗っかっているだけなので、横から強風に煽られればいとも簡単に吹き飛ばされるのだ。
通学途中にコンタクトが飛ばされ、探すことすらできずに登校したことがある。教室に入るなり友人がクスクス笑いながらこう言った。
「ほっぺたにコンタクトつけて、見えるの?」
どうやら目から外れたコンタクトが、ほっぺたにくっ付いていたようだ。ーーよかった、25,000円を貯金した気分だ。
余談だが、「わたしくらい目が悪くないと分からない感覚」というものがある。コンタクトの度数が-10を超えるわたしは、レンズを入れる時、指先のレンズを直に見ながら装着する。
しかし眼科へ行くと、看護師はコンタクトレンズと一緒に鏡を渡してくる。最初の頃、この鏡で何をするの?と尋ねたことがある。すると、
「え?鏡で見ながら着けないの?」
と、逆に聞かれたものだ。
ーーなるほど、そういうことか。
仮にわたしが裸眼で本や新聞を読むとすると、両目では読めない。両目の視点が交わる10センチほどの距離ですら見えないからだ。つまり、片目でしか文字は読めず、鼻の頭はインクで真っ黒になる。
それが分かっていれば、鏡を手渡すことはしないだろう。なぜなら、鏡に映る目やレンズなど、見えるはずがないのだから。
親切に気を利かせてくれた行為が、わたしにとっては視力の悪さを嘲笑された気がして、使うことのない鏡を憎たらしく思ったりした。
ーーまぁいいや。
なぜコンタクトレンズの話をしたかというと、いま目の前で、学生と思しき男子が足元をキョロキョロ見まわしているからだ。
これは間違いなくコンタクトを落とした。しかもハードだ。
場所は表参道駅の地上出入口の前。たくさんの人が行き来している。
「コンタクト?」
「はい、落としちゃって・・・」
「とりあえずそこ動かないで、こっち向いてみ」
「あ、はい」
男子の顔からマスクから上着からズボンから靴まで、コンタクトがくっ付きそうな部分を隈なくチェック。とりあえず体には付着していない。ということは、地面だ。
男子をその場に立たせたまま、わたしがヤンキー座りになって地面を舐め回す。
ーーしかしいくら忙しいとはいえ、ビジネスパーソンとやらは邪魔者を見る目でこちらを一瞥し、地下へと階段を下っていく。確かに邪魔でしょうよ、狭い出入口の前でぼーっと立たれたら。でもちょっと想像力を働かせれば、我々がコンタクトを探していることくらい容易に気付くシチュエーションだろうに。
コンタクトがなければ行動に支障が出るほど、視力の悪い人はいる。少なくともわたしは、コンタクトがなければ目の前の人すら識別できないわけで。
そう思うと、何が何でも探してあげなければならない。どんなに邪魔者扱いされようが。
「コンタクト落としたんですか?」
女子高生らが声を掛けてきた。事情を説明するとすぐさま地面に這いつくばって一緒に探し始めた。
それを見ていたおばちゃんも、地面に膝をついて探し始めた。
こうなると、舌打ちしながら階段を降りるビジネスパーソンのほうが悪者になるという、逆転現象が起きる。
次から次へと人が地面にうずくまり、それ以外の人もなるべくその付近を避けて通るなど配慮をみせる。
「あ、あった!これじゃない?」
ーーでかした、おばちゃん!
四つん這いになって探してくれたおばちゃんが、水色のコンタクトレンズを発見。男子は半泣きでレンズを拾おうとするが、手が震えてうまく取れない。するとおばちゃん、
「指にツバ付けて、ピッとやれば?」
ハードあるあるを伝授した。
ーーおぉ、この人もハードコンタクト経験者だ。
無事にレンズを拾い上げ、嬉しそうな顔の男子。
「とりあえず、水で洗い流してから入れなよ」
先輩らしくアドバイスをすると、わたしはその場を去った。探してくれた人々も、てんでバラバラに散っていった。
男子は最後まで、ペコペコとみんなに頭を下げていた。
Illustrated by 希鳳
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