特上タン生焼け事件

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本日は男5人を引き連れ(会計を除く)、ハーレム状態で焼肉を堪能する機会に恵まれた。だが逆に言うと紅一点、女であるわたしが何らかの手さばきを見せなければ、男性陣に幻滅される可能性がある。

そもそも料理などしないわたしが、己の分だけでなく他人の肉まで焼いてあげることなど、できるはずがない。いや、正確には「やりたくもない」わけで、とりあえず最初のほうだけ「料理ができるアピール」をすることにした。

 

最初の肉である特上タンが運ばれてくると、率先してトングを奪いタンを網の上へと並べるわたし。料理ができないとはいえ、肉の破片を網に並べるくらい誰でもできる。

さらに焼き加減は各々の好みによるので、生肉を網に並べる作業こそが尊敬に値する行為となる。それをやった者がその場を仕切るリーダーであり、親ガモの存在となるのだ。

「僕はしっかり目がいいんで」

「あ、俺もよく焼く派」

大テーブルに6人が向き合う布陣ゆえ、必然的に3人ずつの2チームに分かれる。わたしのチームはどうやら草食系二人とわたしで構成されることとなった。そんな軟弱男子を尻目にわたしは、

「レアがいいから、先食べるわ」

と、勢いよく分厚い特上タンを掴むと、レモン汁を浴びせて口へと放り込んだ。たしかに特上というだけあって、タン(舌)とは思えない厚みと歯ごたえである。

 

ところがここで問題が発生した。なんと、この分厚い肉は表面だけが焼けており、中はほぼ生だった。しかも表面の焦げ目でレアを確認し口へと運んだため、言ってみれば「炙りサーモン」と同じ状態だ。

表面上はやや焦げ目がついているが、肉のほとんどは生。そんな状態で何度か咀嚼を繰り返すと、ジュワッと生肉の味が広がった上に肉から水分が滴ってくるではないか。

わたしは素早くこの状況について検索した。

「牛タンは生焼けでも大丈夫」

「牛タンはしっかり焼かないと危険」

いったいどっちなんだ。いずれももっともらしい理由が書かれているが、断言しているわけではないので過信できない。しかし一つだけ、安心できるコメントを発見した。

「生焼けの肉から出る赤い汁は、ミオグロビンという色素タンパク質のため、食べても問題ない」

おぉ、なるほど。ではこの口中に溜まった水分は遠慮なく飲みこむことにしよう。しかし明らかに生肉の味しかしない特上タンは、どう処理すればいいのか――。

判断に迷っていると、ふと目の前にキムチの盛り合わせが置いてあることに気付く。

 

(そうだ、キムチの辛さと歯ごたえで誤魔化してしまおう)

 

人間なんてものは、思い込みで右へも左へも行く生き物。とくに脳は単純な性質のため、耳から仕入れた情報を鵜呑みにする傾向にある。それゆえ「ネガティブなことは口にするな」「いいことだけを繰り返し声に出せ」などと言われるわけで。

また、寝不足の起きぬけに「あー、よく寝た!」とつぶやくことで、脳は熟睡できたと勘違いするのだそう。その結果、眠気が吹っ飛びハツラツと行動できるのだ。

よって今、まさにこの性質を利用しなければならない。大根やキュウリといった歯ごたえのある辛口キムチを投入することで、口内に残留する生肉の記憶を消去し、スムーズに嚥下させるのだ。

 

3人で一皿のキムチを無造作に鷲づかみすると、一気に口へと放り込む。シャクシャクと軽快な音を立てながらキムチの咀嚼を繰り返す。

あぁ辛い、水がほしい辛さだ。しかし今は我慢。この牛タンを胃袋へ送り込めば、ふたたび楽しい焼肉の時間が始まるのだから!

 

キムチの辛さと歯ごたえで、生焼け特上タンの存在が抹消されつつある中、風呂敷のような白菜キムチが生肉を包み込む形となり、最終的に口内は3種類のキムチでいっぱいになった。

そしてついに生肉とキムチは、やや喉にひっかかりながらも食道を通過し、無事に胃袋へと到着した。

(よし、次は骨付きカルビだ!)

一仕事終えたかのような爽快感と達成感を覚えながら、わたしは素早くトングに手を伸ばすのであった。

 

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