にくこわい

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――肉はむずかしい。

 

近所のスーパーで一人、呆然と立ち尽くす。原因は、豚肉のパックに貼り付けてあるシールの表記のせいだ。

そもそも肉の部位について詳しくないわたしは、「モモ」とか「バラ」といわれてもピンとこない。「モモ」という文字を見れば脳裏に「桃」が浮かぶわけで、いまだにこの表記には違和感を覚える。

あと「ロース」と「ヒレ」もよくわからない。さっきの2つとこれらを同列で示していいものかも、正直わかっていない。まれに「肩ロース」という文字を見るが、これなど一体どうなってしまったのか想像もつかない。

 

そして今回わたしを悩ませたのは、モモとかバラといったカタカナではなく「炒め物用」という漢字だった

(炒め物用?なぜこの肉だけ、あえて炒め物という限定的な表現を使っているのだろう)

周囲の豚肉を見るも、どの肉も調理方法を限定した書き方はされていない。牛肉や鶏肉のコーナーへ首を伸ばしても同じだった。ではなぜ、この肉だけが「炒め物」に限定されているのか――。

 

もし他の豚肉に「ゆで物用」「焼き物用」「揚げ物用」といった表記がされていれば納得できる。だがなぜ、炒めることだけに特化した肉を置いているのか、わたしには理解できなかった。

(この肉を茹でたらまずいのだろうか)

パッと見は隣りに並べてある「切り落とし」と大差ない。それどころか「こま切れ」とも区別がつかない。

多少差があるのは「うす切り」というやつだ。平べったくスライスされたピンク色の肉が、扇状に敷き詰められているのが「豚モモうす切り」で、それより赤っぽい肉がゴチャっとまとめて並べてあるのが「豚モモ炒め物用」だ。

 

――だから何だ?

 

これは困った。一体どの肉を買えばいいんだ。というか、わたしは肉を買ってどうしようというのだ。そもそも食べ方を考えていなかった。だが逆に考えると、コンロを使わないわたしは炒め物など決してしないわけで、であればこの「炒め物用」は真っ先に却下されるべき肉ともいえる。

しかし買わないにしても、このような謎めいた表記を見たからには、なぜこの肉だけが特別扱いされているのか、答えを見つけなければならない使命感に駆られる。

ここは「テレフォン」を使うしかない――。

 

わたしは「テレフォン」を使い、料理上手な主婦の友人へメッセージを送った。すると非常にわかりやすい答えが返って来た。

「しゃぶしゃぶ用とかすき焼き用と比べるなら、肉の厚さじゃないかな」

なるほど、言われてみればその表記は見たことがある。現に今も、一番下の棚には「しゃぶしゃぶ用」と書かれた花びらのように薄っぺらい肉があるではないか。

牛肉の棚には「すき焼き用」「ステーキ用」さらには「カレー用」なんてものまである。

 

たしかに今まで、しゃぶしゃぶ用と書かれた豚肉を見てもなんとも思わなかった。むしろ豚しゃぶは大好物だし、疑問を抱くどころか喜びにあふれていた。ただしそこでも、

「しゃぶしゃぶ用に、バラとロースがあるのはなぜだろう」

と密かにいぶかしく思ってはいたが、豚しゃぶ食べ放題の店を思い出すことで解決できた。そこのロースは紙っぽい歯ごたえなので、わたしは常にバラを注文することから、選択肢は一つに絞られており大きな問題には至らなかったのだ。

 

それにしても「しゃぶしゃぶ用とすき焼き用の肉の違い」というのは何なんだろう。どちらもヒラヒラした肉っぺらで、強いていえばすき焼き用の方が赤い部分が多い気がする。わたしは薄ピンクの豚しゃぶが好きなので、すき焼き用の肉と喧嘩になることはないが、それにしても違いがわからない。

素人ながらも「ステーキ用」はわかる。見るからに分厚くて角張った肉が、デロンと横たわっているからだ。そしてそれをしゃぶしゃぶで食べようとも、すき焼きに入れようとも思わない。さすがにそのくらいの分別はある。

 

だが今回問題にしているのは「炒め物用」という、なんとも曖昧でピンとこない表現についてである。

豚肉を炒める料理は山ほどあるが、そんな広義的な表現を用いられたら、購入する側が困惑するではないか!どうせやるならもっと断定した料理名で表記してもらわなければ、使い道に迷い悩んだあげく、料理が嫌いになってしまうことくらいわからないのだろうか!

 

――肉は難しすぎる。サツマイモを買って焼き芋にしよう。

 

 

サムネは、宮崎県小林市が提供する「お肉のフリー素材」より!

 

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