飲食店の入り口に飾ってある食品サンプル。アレは限りなく本物そっくりに作られている。一般人ならばいとも簡単に騙されるレベルだろう。
事の真偽を確かめるため、わたしはアレを指でツンツンする習性がある。
もちろん、見るからに作り物の場合はそんな無駄なことはしない。だが、もしかすると本物を並べている可能性を否定できない場合、満を持してツンツンする。
わたし統計によると、「本日のランチ」などの場合はたいてい本物が並べられている。その日によってランチの内容が変わるため、いちいち食品サンプルを作るよりも、本物を使った方が早いし確実だからだ。
だが非常に精巧につくられた「生もの」は、判断に迷う。
このツヤ、輝き、新鮮さ、プルプル感。果たして偽物につくり出すことができるのだろうかーー。
寿司屋に飾ってある「本日のおすすめ」を凝視しながら考える。
(これは触ってみるしかない)
店員の目を盗み、そっと寿司に触れる。結果、その寿司は硬い偽物だった。
このように、ツンツンしてきた寿司はどれも硬いことがほとんど。しかし一度だけ、柔らかかったことがある。
ーー池袋のあの寿司屋は毎日、「本日のランチ」として本物の寿司を展示している。わたしはやらないが、下衆な輩に盗み食いされないことを祈る。
*
店に対して平謝りしたのは、表参道にあるオシャレなカフェ。
あまりにきれいに出来過ぎているケーキを眺めながら、食品サンプルの目利きができるわたしは、
「こんなの偽物に決まってるよ!」
と自信満々に、山盛りホイップを勢いよくツンツンした結果、指がズブっと埋まり友人に引っ叩かれた。
ーークソッ!あれが本物だとわかっていたら、ちょっと舐めときゃよかった。
*
目の前に横たわるマンホールのフタを見つめる。
炎天下で加熱された鉄のフタは、さぞかし熱いだろう。
たとえばミミズならば、マンホールを横切る前に焼け死んでしまう熱さ。
いつしか亡骸は干からびて、そのうちミミズだか何だかわからなくなり、一本のヒモとなりこびりつく姿をたまに見る。
さすがにミミズよりは丈夫な素材でできている、愛用靴・クロックス。それでも、灼熱地獄のマンホールのフタを甘く見てはならない。
タンタンと素早く走り去る分には無傷かもしれないが、たとえばグリグリ押しつけたりしたら、もしかするとクロックスの底が溶けるかもしれない。
溶けたあげくにわたしの足の裏にまで鉄の熱が伝わり、大やけどを負う可能性もある。
いや、もしかするとグリグリしなくても、一瞬でクロックスは溶けてなくなるかもしれない。そうなると、わたしは大やけどーー。
じわっと冷や汗がにじみ出る。これは一大事だ。挑戦したい気持ちはあるが、その代償はあまりに大きい。
足の裏を大やけどして歩けなくなることと引き換えに、マンホールのフタがどのくらい熱いのかを確認する必要など、どこにあるというのか。
ーーいや待てよ。
食品サンプルを見分けるプロであるわたしは、ふと考えた。
このフタ、あたかも重くて分厚くて太陽の熱でカンカンに熱くなっているかのようなフリをしているが、もしかすると樹脂とか、木材とか、鉄以外の素材でできている可能性はないだろうか。
いまどきのサンプル品は非常に精巧にできている。一見、本物と見間違うクオリティーであることは誰もが否定しないはず。
となるとこの鉄でできた重厚なフタは、そういう風に見えるだけのサンプル品の可能性もある。
もしサンプル品ならば、わたしのクロックスが溶けることもないし、足の裏を大やけどする心配もない。思い切り踏んづけてもなんの問題もないし、恐怖に慄(おのの)く必要もない。
そもそも近所の犬どもが、毎日ここら辺を散歩しているわけで、このフタを踏むこともあるだろう。それでもアイツらが足をやけどしない理由は、フタが鉄じゃないからなのではーー。
いやいや、アイツらたまに靴を履かせてもらっているな。あの靴がいわゆる安全靴のようなもので、熱さをカットしているのかもしれない。
わたしは一人、マンホールのフタを睨みながら葛藤する。だが気づくと、次の予定に遅刻しかけているではないか!
ーーマンホールのフタを踏むのは、次回におあずけだ。
ひらりと華麗にマンホールを飛び越えると、すかさずタクシーを拾う。
アイツが本物か偽物か暴かれる日は、近い。
サムネイル by 希鳳
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