「蛮族」から「聖職者」への道のり
自分の「声」を客観的に聞くには、録音するしかない。そしていざ聞いてみると、想像以上に気持ち悪くて違和感を覚えるなど、自分の声が好きではない者のほうが多いように感じる。 そうなると、声優やナレーターといった声...
ピアノ自分の「声」を客観的に聞くには、録音するしかない。そしていざ聞いてみると、想像以上に気持ち悪くて違和感を覚えるなど、自分の声が好きではない者のほうが多いように感じる。 そうなると、声優やナレーターといった声...
ピアノ「自分にはセンスがないから」といって諦めるのは、じつに簡単なこと。 あとは、「体が固いからできない」「怪我のせいで動きが制限されてできない」「フィジカルに恵まれていないからできない」というような、一見どうし...
ピアノわたしには「ものすごく嫌いなタイプの人間」が存在する。それは、肩書きや付属品のみでマウントをとるような、つまらない野郎のことだ。 「キミは何ができる?」という質問に、どれだけ面白い答えが得られ...
ピアノ千里の道も一歩から・・という言葉のとおり、どれほど遠く険しい道のりであっても、まずは一歩を踏み出すところから始まる。そして、その「一歩」というのがじつは最も勇気のいる行動であり、二歩三歩と勢いがつけば案外ス...
ピアノ今さらではあるが、一本でも指を怪我するとピアノが弾けなくなるということを、まじまじと体感しているわたし。 今までは「指を怪我したら、それ以外の指で弾けばいい!」と豪語していたのだが、実際のところそれは「譜面...
ピアノ久しぶりに右手の親指を負傷したわたしは、おそるおそるピアノに触れてみた。すると案の定、痛くて鍵盤を押すことができなかった。 これまでも幾度となく指の怪我を繰り返し、そのたびに使い物にならない経験を味わってき...
ピアノ残念なことに、我が左手の人差し指と中指は主(あるじ)の思うようには動いてくれない。 こうなってしまった原因は、柔術の練習で日々指を酷使していること——殊に、当該2本は脱臼やら骨折やら靭帯損傷やらを経験してい...
ピアノ新たな課題として、ショパンのノクターン9番(Op32-1)を与えられたわたしは、曲がもたらす「おかしさと意味不明さ」に絶句した。穏やかに楽しく、それでいて順調に進んでいたものが、まるで夢から覚めて現実を叩き...
ピアノ音楽——延いては芸術という分野は、あくまで主観的な感覚で楽しむものであり、自分にとっては「刺さるスポット」であっても、それが他人にも共通するとは限らない。それぞれにとっての小さな一点が集まり、結果として「素...
ピアノ二年に一度のピアノ発表会が終わり、「これでようやく、手指を労わったり音楽のことだけを考えたり『ピアノ漬けの生活』とはおさらばだ!」となりそうなところ、じつは未だにこの流れが継続中であるわたし。 そのため、発...
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