くまが あらわれた!ごりらは ようすを うかがっている

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友人は「バックシャン」と呼ばれ、後ろ姿が美しい女性とされる。

過去にプラチナ通りで背後から抱き着かれた経験があり、最近でも背後からナンパされるらしい。

 

「でも顔みたらオバサンだから、みんなガッカリして逃げてくよ~」

 

いやいや。確かに年齢は上かもしれないが、全身から漲(みなぎ)る若さとキラキラ感が溢れている。

少なくとも実年齢から10歳以上は若く見られる彼女、天然の美貌と天性の若さを兼ね備えた美魔女だ。

 

ちなみにそんな話を聞く前から、わたしは常に背後に意識を張り巡らせながら行動している。

いつ襲われても対処できるよう目は前方を、神経は背後に置いている。

 

道を歩いている時だけじゃない。エスカレーターで立っている時も、背後からチョークスリーパーされたら、もしくは胴タックルされたらどうすべきか。イメージトレーニングを欠かすことはない。

さらには、逆サイドのエスカレーターから人が飛んできた場合の対処まで用意してある。

 

そんなわたしが今日、背後から不吉な気配に襲われた。

 

 

場所は渋谷区広尾、日本が誇る金持ちエリア。

港区白金によくいる、金持ちであることを鼻に掛けたような下衆な人種はいない。

むしろ、

「お金って、なぁに?」

と言わんばかりの、お札など鼻紙程度にしか思っていない「天然高所得者」が住んでいる。

大使館や大邸宅、インターナショナルスクールがひしめき、外国人とすれ違う率も格段に高い。

 

わたしは、お気に入りの食パン専門店「PANSHIROU TEZUKAYAMA 広尾店」を訪れた。ここは2種類の食パンが販売されており、「角」と「山」と命名されている。

普段はしっとり目の「角」を好んで買うのだが、本日は、店員のお姉さんの好みが「山」だったため、あっさり「山」を購入することにした。

いかんせん美人に弱いのだ。

 

焼きたての食パン2斤を抱えて帰路につく。

ーーむしろ歩きながら食パンをつまもう。そのほうが味も新鮮だし、時間の有効活用にもなる。

そんなことを考えながら、食パンの袋に手を突っ込んだ瞬間。

「コラッ!」

背後から下品な叫び声が聞こえる。

 

ここは広尾、日本屈指の高級住宅街。なのになんだ?この下品なダミ声は。

どうせ、間違えて広尾に迷い込んだ下町のオバハンが、鼻たれ息子を叱っているのだろう。とにかく恥ずかしいからやめてもらいたい。

 

重いため息をつきながらわたしは歩き出した。すると、

「おい、コラッ!コラッ!」

同じ人間として恥ずかしくなる。子どもを叱るにしても、もう少し言葉を選べないものか。

いくら田舎者といえど、周りを見渡せば自分が浮いていることくらい分かるだろう。まったく田舎者の根性ときたら、これだから埒(らち)が明かない。

 

わたしは歩みを速めた。こちとら、痩せても枯れてもシロガネーゼ。いなかっぺのオバハンと鼻たれ小僧などと一緒にされては困る。由緒正しき誇り高き港区民なのだから。

密かなプライドを胸に、振り向くことなく頑なに歩き続けたその時ーー。

 

「コラッ!!なにしてんだ!!」

 

真横から例のダミ声が聞こえるではないか。恐る恐る声がする方向に顔を向けると、

くまが あらわれた!

ドラクエで敵に遭遇したかのような衝撃を受けた。なんと、昨年柔術の試合で対戦した、バカでかいクマが車から乗り出して叫んでいたのだ。

 

「アンタ、後ろ姿ですぐわかったわよ!」

なんと!まさかのバックシャンということか?!

しかし喜ぶのもつかの間、クマが広尾をうろついていては人間が迷惑する。すぐさま保健所と警察に通報しなければ。と、スマホを取り出した瞬間、

「ほら、これあげるわよ」

車内からクマがジュースを放り投げた。なんと、わたしを餌付けするつもりか。

 

しかし、飲食物に目がないわたしはジュースをいそいそとしまい、当局への通報は止めにした。クマに買収された形になるが、致し方ない。

 

 

東京とは恐ろしい街だ。ヒトだけでなくクマまでもがウロウロしている危険地帯。

もはや、コロナウイルスどころの騒ぎではない。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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