「白帯未満」の後輩

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「運動をしたいけど、何がいいか分からない」

そうボヤいていた無趣味かつ運動不足の後輩を連れて、ブラジリアン柔術の体験レッスンに参加したわたし。

——おっと、彼女を「無趣味」と決めつけてしまうのは言い過ぎだが、少なくとも運動はまったく手をつけてこなかったので、とりあえずマット運動やドリルを体験する・・というくらいの負荷強度で、体を動かすことの新鮮さや爽快感を味わってもらいたかったのだ。

しかもグッドタイミングで、「ピラティスに興味がある」という胸の内を明かされたことから、ピラティスの先生であり柔術の先生でもある友人が代表を務めるジムへ連れていったのである。

 

ピラティスのレッスンは、「一回3千円」というように回数に応じて費用を払うのが主流らしい。ところが、トライフォース所沢ならば月会費のみでピラティスを習いつつ柔術も練習できる・・という一石二鳥の環境が整っている。

おまけに、後輩の住まいが所沢まで数駅という距離感も幸いし、選ぶならばここしかない!という好条件が揃ったわけだ。

(とりあえず、興味を持ってくれたら勧めてみるか)

 

無理にゴリ押しする気もないわたしは、「後輩が乗り気ならば後押ししてみよう」というくらいの軽い気持ちで、柔術の体験レッスンを提案した。

言うまでもなく、彼女に対してなんの期待もしていなかったし、怪我だけはしないように気を付けてもらおう・・程度の思いで、”白帯未満”の練習相手を買って出たのである。

 

 

そんな、いわば”1ミリも期待していない後輩”に対して、まず最初に驚いたのは「帯の巻き方を一発で覚えたこと」だった。

隣に立つわたしの巻き方を真似をさせたのだが、たいていの初心者はまず帯を巻く時点で挫折を味わうところ、彼女はサクサクと完成させたではないか。

「着物の着付けで、こういう結び方があるんです」

なるほど・・本業は美容師だが、着付けもやっている彼女だからこそ、なんの抵抗もなく帯を美しく結べたわけか。

 

そして次に驚いたのは、「バックロール(肩抜き後転)」の右サイドが、妙にきれいに回れたことだった。さすがに初めての動きなので上手くいかないのは当然なのだが、なぜか右サイドは素人とは思えないほどスムーズかつ美しい回転をみせたのだ。

(これは、左も教えたら連続でイケるんじゃ・・)

ちょっと欲が出たわたしは、休憩時間を使って左方向へのバックロールを集中的にやらせてみた。こちらサイドが苦手なのは見た通りだが、それが克服できたら本人も嬉しいんじゃなかろうか——。

その結果、ちょっとコツを掴んだ後輩は左サイドのバックロールも難なくこなせるようになったのだ。しかも・・・黒帯のわたしよりも、美しく無駄のない回転フォームで。

 

この時点で「なんかちょっと(一般的な初心者とは)違うな・・」と薄々感じてはいたのだが、まぁこれだけで柔術の向き不向きの判断をするのは尚早。よって、これから習う「技の動き」を見てから考えることにした。

そんなわたしが抱いた違和感・・というか、「まさか」の予感は的中した。なんと後輩は、クローズドガードから相手の足をすくってのアームバー(腕十字)・・という一連の流れを、ゆっくりではあるが一発で覚えて再現したではないか!!

 

一番の驚愕ポイントは”尻を高く上げられること”だった。生まれて初めて柔術に触れた者が、ここまでスッと尻を上げられるのか?!というくらい、いとも簡単にわたしの首へ膝裏を掛ける後輩を見て、正直わたしは畏怖の念を感じた。

なんせこの動きは、わたしにとっては難しいというか苦手な動きなわけで、それを入会すらしていない白帯未満のド素人——しかも、運動とは無縁の生活を送ってきた軟弱な女子が、これほどまでにスムーズかつ自然に尻を上げて、膝裏でわたしの首を引っかけることができるなど、とてもじゃないが信じ難い。

だが事実、後輩は涼しい顔で左足をわたしの首に掛けると、ヒョイッと倒してアームバーを極めたのだ。しかも・・しっかりと極まっているじゃないか。そう、ものすごく精度が高いのだ。

 

(う、ウソだろ・・・)

 

わたしは愕然とした。柔術どころか対人競技の経験すら皆無の女子が、いとも簡単に柔術の基本ムーブをこなし、わたしが苦手な動きをサクサクと披露するだなんて、繰り返しになるが信じられない。いや、信じたくない。

しかしながら、実際に目の前でそれらの奇跡が起こり続けているわけで、これはもう認めるしかないのだ——後輩には柔術の適性がある、と。

 

もちろん、とても嬉しいことなのだが、黒帯になった今でも出来ないムーブがあるわたしからすると、スタート地点に立つ前からこの差を見せつけられたことに、少なからずショックと現実の厳しさを思い知らされた。

(残念ながら、向き不向きは存在するのだ・・)

 

 

初めての柔術を体験した後輩は、目を輝かせながら「自分が思っていたよりずっと楽しくできたのが驚きでした。てっきりダメダメかと思ってたので、ずっと迷ってたけど今日体験できて良かったです!」と、嬉しそうに話してくれた。

さらに、「(運動について)何をやるかずっと迷ってたので、やることが決まって嬉しいです。明日の筋肉痛が怖いですが、それも楽しみにしたいと思います笑」と、その場で入会を決めたのだ。

 

わたしは心の底から嬉しかった。後輩が「楽しい」と笑顔で言える趣味と出会えたこと、そしてその手助けができたことが、自分のこと以上に嬉しかった。

しかもこいつは確実に上手くなる——トライフォースの”コツコツ柔術”は彼女の性格にもマッチするため、そう遠くはない将来必ずや才能を開花させるだろう。おまけに、なんの因果か長い手足を持っているわけで・・。

 

今日から始まる彼女の新たな人生は、地道で細長い道のりかもしれないが、それでもどこかキラキラと輝く日々であることを願いたい。

 

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