「もう死ぬんだ」という覚悟を決めた話

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アメリカへ来てまで試すことではないが、それでもわたしは自分の可能性というか、「生き物としての強さ」を確かめるべく、一か八かの勝負に出た。

それは、極論を言えば死ぬか生きるかの挑戦になるが、「きっと勝てる」・・正確には「クリアできる」という自信とともに、己の肉体を最後まで信じたかったからなのだ。

 

 

一日の気温の変化が激しいラスベガスは、日中は40℃を超えるが夜は涼しい。そして今夜は予想以上に涼しい・・いや、寒い夜となった。

実際の気温は24℃くらいで過ごしやすい気候なのだが、タンクトップに短パン姿のわたしからすると、まぎれもなく「寒い」。もちろん、長袖のパーカーもあるしロングスパッツも持参しているので、それらを着用すれば問題ないどころかちょうどいい感じになるのだが、いかんせん、ベッドに横たわってしまったわたしはここを離れることができない。

 

(あと一歩でスーツケースに届く距離ではあるが、ここから起き上がって衣服を引っ張り出して、さらにそれを着るという作業は難しい。ならば、このままじっとうずくまるしかない・・)

 

——そう、寒くて眠れないのならば、そこにある上着やロングスパッツに手足を通せばいい。しかも距離にしてたったの2メートル、ベッドから一歩踏み出せば届くところにあるのに、そんな簡単な動作すらも面倒に感じているのだ。

時刻は深夜2時半過ぎ、フライトの疲れもあって早く眠りたい気持ちが勝るわたしは、持ち前のなまけ癖を発揮して小刻みに震えながらブランケットに包まった。

 

(ダメだ、寒すぎる)

そもそも手足が冷えやすいわたしは、感覚が鈍くなった指先を握りしめながら、このままではそう簡単には眠れないことを悟った。むしろ、眠れないどころか体調不良を起こしそうな勢いである。

このまま寒さに耐えた結果、高熱が出て試合に参加できなくなったりしたら、一体なんのためにわざわざここまで来たのか分からなくなる——そんな最悪の事態を想像しながら、それでもわたしは”ベッドから起き上がる”という選択を拒んだ。

 

たった一歩踏み出すだけで、この寒さから逃れられるアイテムに手が届くというのに、それすらも拒絶するこの怠惰っぷりには、我ながらあきれ果ててしまう。

しかしながら、その一歩を踏み出す勇気が出ないのだからどうしようもない。よって、アルマジロのように小さく丸まりながら目を閉じるのであった。

 

(いや、これ下手したら死ぬんじゃないか?)

暗闇というのは、ヒトに恐ろしい妄想を抱かせるチカラがある。しかも、ただ単に寒さに耐えるだけならば大したことはないが、その上で眠ろうとしているから厄介。

睡眠に向けて体内の活動が停止し、副交感神経が優位になることで脳や内臓の温度が下がる。その結果、人間の体温は下がる仕組みとなっているが、これらの生理的変化の影響でさらに寒さを感じたわたしは、暗闇の魔力に飲まれる形で死を覚悟した。

もはやここまでか——。

 

そう諦めかけた瞬間、両手で抱えた太もも、すなわち”分厚い筋肉の存在”によって、わたしは「最期の勝負、こいつに賭けてみよう」という思いに駆られた。

体内における”熱工場”の役割を果たす筋肉は、熱を生み出すために「シバリング」という震えを起こす。これにより、体温が上昇し低体温となることを防止しているのだが、そんな熱工場を人より多く所有するわたしは、「今ここでフル稼働せずに、いつ使うんだ!」という強い感情が漲(みなぎ)った結果、筋肉のチカラで体温を上げる・・言い換えれば、快眠を維持することを決めたのだ。

(物に頼るんじゃない、自分の肉体を信じるんだ)

 

どのくらいの時間を耐え忍んだのだろうか。ふと気づくと体の震えが止まっていた。朦朧としながらスマホを覗くと、そこじは4時58分の表示が——あぁ、朝になったのか。

わたしの筋肉が頑張ったおかげで寒さを吹き飛ばしたのか、はたまた朝を迎えたラスベガスの気温が上がり始めたのか、あるいはその両方かもしれないが、とにかくその時点においてもはや寒さを感じなくなったわたしは、堕ちるように深い眠りに就いたのであった。

(・・寒くないって、なんて幸せなことなんだろう)

 

 

こんなことで幸せを感じられるとは、なんとも単純かつめでたい奴である。それよりも、めんどくさがらずにさっさと長袖長ズボンを選択していれば、もっと早く幸せになれたのに——。

 

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