夏の風物詩の末路

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今日、季節外れの蚊を発見した。

まだ9月だし、蚊がいること自体はおかしくない。だがここ最近、最低気温が20度を下回るようになり、

「そろそろロンTの時期か」

と、衣替えに着手し始めたわたしにとって、夏の風物詩ともいえる蚊はイライラするし哀れにも思えた。

 

蚊は、友人とわたしの間に割って入ってきた。ところが、なんとも貧弱で今にも絶命しそうな飛翔をみせている。

(こんな貧相な体では、わたしの分厚い皮膚など貫けないのではなかろうか)

弱々しく低空飛行を続ける蚊を目で追いながら、わたしはフーっと強く息を吹きかけた。さほど風圧の影響は受けていないが、それでも我々の近くから蚊は離れていった。

 

「ほっといても息絶えそうだけど、取っとくか!」

 

そう言いながら、友人はスクっと立ち上がり蚊を追い始めた。

まずは空中で手を叩いて捕獲を試みるも失敗。次に壁に張り付いたところを追い込むも、またもや逃げられてしまった。

 

「あれぇ、さっきまで弱ってたはずなのに!」

 

ムキになりながら、ツカツカと歩き回っては蚊を叩く友人。しかしなぜか瀕死の蚊は寸でのところでフワッと逃げるのであった。

そのうち、床に着地した蚊を見つけたわたしが、躊躇しながらも踏んづけようとしたところ、案の定、足の裏が地面につく前にフラフラと飛び立たれてしまった。

 

その後も友人とわたしは瀕死の蚊を追いかけるも、なぜかするりと交わされてしまうのであった。

 

じつは蚊は、一秒間に600回ほどの「高速羽ばたき」をしている。

よくよく考えてみれば、彼らの羽音は我々にも聞こえるほど強力である。飛翔性昆虫の仲間であるハエやハチの羽音は聞こえないが、蚊に関してはターボエンジンを積んだかのような、圧倒的な機動力を感じる音を放つ。

 

そんな蚊は、周囲の空気の流れによって敵の動きを察知して逃げているのだ。

 

蚊の触角には「ジョンストン器官」と呼ばれる部分があり、そこを使ってわずかな気流の流れを検知しているのだそう。

自らの羽ばたきにより発生した気流が、壁や床、そして人間などの障害物に当たることで変化する。それにより危険を察知して進路を変えているのだ。

 

実際のところ、蚊の視力はめちゃくちゃ悪い。

よって、目の前にあるものしか視覚で判別することができないため、ジョンストン器官を使って気流の変動を感じ取ることで、我々の手をスルリと交わしているわけだ。

 

そんなこんなで大のオトナが寄ってたかって蚊を追い回し、気流をかき乱しながら死闘を繰り広げたが、最終的には見失い追跡を断念した。

 

そういえば、あの蚊はわたしの血を吸いにやってきた。ということはメスだ。しかも子どもを宿した妊婦である。

――そう、我々の血を求めてさまよう蚊は全員、妊娠している蚊なのだ。

 

力なくフラフラと飛翔していたあの妊婦は、無事に栄養補給し子どもを産めるのだろうか。

余計なお世話だが、勝手に心配してしまうのであった。

 

 

帰り道、蝉の死骸を見つけた。

黒と白のカラーリングの蝉は、腹を見せてひっくり返って死んでいた。死後、数日が経過している様子。

 

よく、

「蝉の一生は短くて儚い」

などというが、あれは間違いである。

蝉の一生はおよそ5年。そのうちの大半を地中で過ごし、最後の七日間だけ地上に出てきて、子孫を残すために大声で叫んでいるのだ。

 

とはいえ、地上で愛を叫べれば御の字。なぜなら幼虫のほとんどは、土壌生物として植物の根を食べたり汁を吸ったりして成長するが、地中の王者であるモグラなどに補食されるため、その多くが日の目をみることはない。

さらに地上に出てからも鳥などに食われてしまうため、最後までサバイブできた強者のみが、夏の一週間に大騒ぎできるのである。

 

土の中が安全だとは言えないが、人生の大半をふかふかのベッドで謳歌するわけで、それはそれでいい人生といえるだろう。

むしろ「最後の大仕事」のために、何年も英気を養い続けているわけで、土壌というスイートルームを追い出され、紫外線にさらされながらも任務遂行しなければならない蝉というのも大変である。

 

よって、人生をまっとうした運のいい強者こそが、目の前でひっくり返って死んでいる蝉なのだ。

 

蚊といい蝉といい、夏の風物詩でもある彼ら。良くも悪くも「季節限定」だからこそ、哀愁漂う愛着が湧くのだろう。

 

サムネイル by 希鳳

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