「ネイル、かわいいですね」
インドと日本のハーフである美女にフットネイルを褒められる。
あんたの顔に比べりゃ、女子力高いこのネイルもくすむよ。
彼女とわたしは柔術でつながっている。
18歳。青春真っ只中の彼女は若くて美しいだけでなく、強さとしなやかさを兼ね備えた「闘う」女性。そんなヴィーナスに足のネイルを褒められたわけで、悪い気はしない。
彼女とのスパーリングの後、ソフィアン(上智大学卒業生)である毛並みの良い男子が、次のスパー相手としてわたしの前に現れた。そしてわたしの足元を見つめながら一言。
「おお、傷だらけの戦士の足ですね」
納得のいかないわたしはソフィアンに詰め寄る。なぜこのかわいらしいネイルを素直に褒めないのか、なぜ傷や逞(たくま)しさに目がいくのか。まさか照れ隠しか?
だが野生のゴリラに凄まれては、温室育ちの高級動物は本音など吐けまい。目が泳ぎ、恐怖で顔面蒼白となったため真相は闇の中。
*
更衣室での美女との会話。
「どんなトレーニングしたら、そんな風に筋肉つきますか?」
よくある質問だ。そしてこればかりは答えることができない。こんなもの、手足の長い人に向かって「どうしたらそんな風に手足が長くなりますか?」と聞くのに等しいからだ。
トレーニングなどしていない。だが突き放すわけにもいかない。なぜなら相手は美人だから。
「よく食べる、かなぁ」
あながち嘘ではない。ガタイのいい人で食が細い人はまずいない。やはり食べ物が体内に入り、血となり肉となりカラダができあがる。
栄養素にこだわることなく、満遍なく食べ尽くすことが秘訣。
その点、美女は食が細いらしい。まぁ分からなくもないが。
ーーそういえば久々のホームでの練習だ。ツーショットで記念撮影でもしよう。
美女はニコッと微笑みながらピースをする。それを見た私も慌ててピースをする。
撮影した写真を2人で確認。
「うん、いい感じ!」
軽やかな笑顔を見せる美女。それに比べてわたしは、目が点になり時が止まった。
美女はたしかに美人でスレンダーでどこをどう見ても可愛らしく写っている。
だが、その隣りにいるのは、ナンダ?
ーービリケン。
あの意地悪そうな顔つきの、それでいて幸運の神らしいが、ほぼ二頭身のずんぐりむっくりした子ども。アレに似ている。
ピースをしたことで、余計に似ている。
もう少し別のキャラクターに例えるとしても「コナキジジイ」くらいしか浮かばない。そのくらい、二頭身かせいぜい三頭身のドラム缶のようなボディは、なんなんだ。
幸い、iPhoneの機能である「Live」モードで撮影していたため、シャッターの前後3秒が保存されている。美女につられてピースをする前の、ニコリともせず死んだ魚の目をする「わたし」まで時を戻す。
ーーまだこの顔のほうがしっくりくる。
ビリケンとコナキジジイを足したオンナが笑顔でピースなどしてみろ。美人を引き立てるどころか、絵面として違和感しかない。
むしろ、美人が置き物を引っ提げて記念撮影しているかのような、妙な親近感すら生まれる。
ドラム缶のようなフォルム、その隣りに可憐に咲く百合の花。これが同じ人種とはーー。
そんな百合の花から、「どうすればドラム缶になれますか?」と質問されたわけで、答えなどあるわけがない。
逆に、どうすればわたしは百合の花になれますか?誰か教えてくれないか。
*
夏、友人からこう言われた。
「腕の自慢したいからタンクトップ着てるんでしょ」
こういう無責任なことが言えるのは、お気に入りの服を破いたことがないからだ。
袖のある「ちゃんとした服」だって、かつては持っていた。しかも相当お気に入りのアレキサンダー・マックイーン。それを着て誇らしげに表参道を闊歩していた時、何かをしようと手を伸ばした途端にビリっと脇が破れた。
同じく、マックイーンのシルクでできたワンピースを着ていた時。胴回りの締め付けが苦しすぎて具合が悪くなり、サイドに付いていたジップを下げようとするも食い込んで下がらない。急に恐怖で呼吸が苦しくなり、発狂しそうになったわたしは全力でジップを下げた。
案の定、ジップは壊れたしワンピースは破れた。
他にもまだまだある。
こうしてわたしは、何十万円分ものオシャレな服を破いてきたのだ。
それでもまだ「ドラム缶になりたい」とでも?
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