ウィーンの森でそよ風に包まれながら、アールグレイ片手にザッハトルテをつまみ、ハンモックに揺られて昼寝をする——そんな妄想を抱いたわたしは、およそ一年半前に自立式のハンモックを購入した。
とはいえ、「ここは日本だし、アールグレイよりブラックコーヒー派であるにもかかわらず、そのような戯言を口にするとは笑止千万!」と揶揄されそうだが、いかんせん夢を見るのは自由。よって、小さな憧れを実現するべくAmazonにてハンモックを手に入れたわけだ。
ところが、ハンモック初心者のわたしが布の上に寝そべったところ、あっという間に吐き気を催した。そう、どうやら「ハンモック酔い」という症状があるらしく、とてもじゃないが5秒と横たわっていられない事態に見舞われたのだ。
(これじゃ、アールグレイにザッハトルテどころの話じゃない。まずは酔い止めを服用してからでないと・・)
その後、友人やYouTubeのおかげでハンモックに「正しい寝方」が存在することを知ったわたしは、実際にその方法を試してみた。なんてことはない、ハンモックに横向きに腰かけて、そのまま後ろへ倒れるだけ——つまり、ハンモックの形状に添ってバナナのように縦長に寝るのではなく、むしろ反発するかのごとく布を広げて大の字になるのだ。
こうすることで、細かな揺れが抑えられ三半規管が安定するのだろうが、よくよく考えてみると、公園に設置されたブランコ——あれをハンモックに置き換えてみれば、一目瞭然ではないか。
ブランコは、左右二か所をロープや鎖によって吊っている。そして、座面に腰かけて前後に体重移動させることで揺れを発生させるわけだが、仮に座面に沿って縦に座ったとすればどうだろう——左右のバランスを維持しなければならず、むしろじっとしていることも困難。
このように、二点を吊るして動きを出す器具の構造を考えれば、ハンモックに対しても同様のヒントを得られたはずなのだが、いかんせんそういった乗り物と縁がないわたしは、今さらながら知ったのである。
というわけで、その後はさぞかし快適なハンモック・ライフを満喫したに違いない・・と誰もが想像したであろう。言うまでもなく、わたし自身もそう願っていたわけで。
*
(このオレンジ色の網・・じゃまだな)
壁にぶら下がっている”大きなオレンジ色の網”に目が留まったわたしは、場にそぐわない異質感にイラっとした。
我が家はコンクリートとガラスでできているため、どちらかというと無機質で落ち着いたカラーリングで統一されている。それなのに、なんだこの派手なオレンジ色は!おまけに地引網のように細長い網が、室内の景観を損ねるだけでなく場所までをも占領しているではないか。
思い返せば一年半前、ウィーンの森のだかザッハトルテだか知らないが、そんな妄想に現(うつつ)を抜かしたわたしはハンモックを購入した。にもかかわらず、あの日から一度たりともハンモックに寝そべったことははない。
よって、ベランダを覗くとハンモックの足場だけが静かに佇んでおり、あの派手な網がなければこの鉄骨が何なのか、知る由もないのである。
そもそもなぜこのような状況に至ったのかというと、極度のめんどくさがりであるわたしは、ハンモックに揺られてウィーンの風を感じる前に、ハンモックの網を取り付ける作業に着手できなかったのだ。
こいつを購入したのは昨年の5月。その後、春が過ぎ夏が訪れた頃に「夏は暑すぎるから、さすがに直射日光でハンモックはあり得ない」と考え、外が涼しくなる季節を待った。そしてようやく秋だと思ったら、すぐさま冬がやって来た。「さすがにコートを羽織りながらハンモックもおかしいし、春を待とう」ということで、今年の春を迎えた。しかしながら何だかんだで夏になり、いつの間にか秋へと移行したところで「今」という流れ。
要するに、購入時に組み立ててはみたものの、それ以降は一度たりともハンモックは使われていないのである。
・・これはアレだ。健康器具やトレーニング機材を買ったはいいが、一度も使うことなく粗大ごみと化す”あの現象”と同じ。とはいえ、あれらの粗大ごみとの違いは、こちらはいざとなればすぐに設置できるし、そこへ横たわればあっという間にウィーンなわけで、苦労や疲労とは無縁かつ快適な結末しか待っていない。
(にもかかわらず、一年半も放置されたこいつが日の目を見るときは来るのか・・?)
こればかりは、持ち主であるわたしにも分からないのである。
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