(しまった・・変なところへ貼り付いたせいで、身動きが取れない!!)
俺は焦った。なぜなら、本来のポジションから数ミリズレたところで、身動きが取れない状況に陥ってしまったからだ。普段ならば、多少位置がズレたとて涙の上を移動して戻ることができる。だが今は、涙の量が少ないせいでそれが叶わない。
——おっと、「俺」が誰かというと使い捨てコンタクトレンズだ。アルコン社が誇る生感覚レンズである。
俺の自慢は、レンズ内部から外側(表面)にかけて水分含有率を段階的に増やす、「ウォーターグラデーション」という画期的な水分勾配技術でできていること。これにより、表面付近でより高い水分割合を保つことができるのだ。
さらに、「スマーティアーズ™テクノロジー」により、俺自身に含有されている「フォスファチジルコリン」という涙液成分が、必要に応じて涙と調和し涙の蒸発を防ぐため、長時間装着してもみずみずしい状態を維持できる。
加えて、「シリコーンハイドロゲル素材」のボディは、従来のコンタクトレンズを比べて6倍もの酸素を目に通すことができる・・という、押しも押されぬハイスペック男子なのだ。
まぁ、残念な点といえば値段が高いことくらいだが、俺ほどのハイスペを手に入れたいのならば、そこは当然というかなんというか・・。とにかく、角膜の上で快適なビジョンを提供しつつ潤いを保つことで、日々を謳歌しているわけだ。
そんな俺に緊急事態が訪れている・・というのが現在の状況。強い摩擦が顔面を襲ったことで、瞼の裏に潜む俺のポジションが強制的にズレたのだ。しかも、涙が少ない状態が災いし、ズレた場所で固着してしまう——すなわち、白目の上に貼り付いてしまうという、まったく場違いな状況に陥っているのである。
(ダメだ、そう簡単には離れないぞ・・)
主が必死に瞼の際を使って押し戻そうとするが、吸盤のように密着した俺はそう簡単には動かない。これはしばらく時間を置くしかないな——。
しばらくすれば涙が復活し、強引に動かせば元の位置に戻るだろう。まぁ焦っても仕方がない、なるようになるさ。
——などと呑気に構えていたところ、あれよあれよという間に混乱に巻き込まれた結果、なんと俺は”四つ折り”になっていた。
これまでにも、二つ折りならば何度も経験があるが、四つ折りというのはさすがに初めて・・っていうか、目の中でコンタクトレンズを四つ折りにするとは、どんだけ器用な動きをしたんだ。
主はというと、鏡の前で必死に目玉を動かしているが、小さく折りたたまれた俺を発見することができない。いつもならば、レンズの端っこがチラッと見えるであろう範囲内しか動かないが、今は違う。もっと瞼を持ち上げて目玉を動かす必要が・・あぁもう少し、もう少し左の奥に俺はいるんだが——。
というわけで、一時間後に無事発見された俺は、クシャクシャに丸められた青いサランラップのようになっていた。四つ折り状態にさらに圧力が加わったことで、もはやゴミ屑と表現するに相応しいほど揉みくちゃにされていた。
それでもさすがはアルコン社製の強靭なレンズ、バネと耐久力が違う。そして、少しずつ丁寧に開いていくとあら不思議、元来の美しい湾曲が戻ったではないか!
*
このようにして俺の一日は・・いや、一生は繰り返されるのだ。とくに「丈夫さ」がウリゆえに、数々の攻撃を受けるも見事に耐え凌ぎ、ボロボロになりながらも天寿を全うするのである。
たかがコンタクトレンズといえども、場合によっては強靭なフィジカルが必須。揉みくちゃにされようが四つ折りにされようが、見事に復活を果たす俺は、コンタクトレンズ界きってのタフガイなのである。
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