ガチのヌルンジ

 

わたしの”ハングル語の師匠”である友人が、韓国の実家から送られてきたという正真正銘「ガチのヌルンジ」をおすそ分けしてくれた。

といっても、デカい袋に立派な欠片がガサガサと入っているため、控えめに言っても「おすそ分け」の量ではない。しかも、あえてサイズの大きい欠片ばかりを選んでくれたようで、「この量を店で注文したら、いくらくらいなんだろう」と、思わず打算的な考えが浮かんでしまうほど。

 

・・おっと、「ヌルンジ」という食べ物を知らない者もいるだろうから、教えておこう。

ヌルンジとは、米を炊いた時に鍋や釜の底にできるおこげのこと。石焼ビビンバを頼むともれなく付いてくるおこげだが、あれを煮込んで「ヌルンジ粥」にするのが、韓国の定番料理である。

「ということは、ヌルンジ粥を食べるには、わざわざおこげを作らなきゃいけないの?!」

——そのとおり。しかも韓国では、おこげを乾燥させた状態の欠片が売られているため、そのままカリカリかじってスナック代わりにしたり、スープやラーメンのシメとして残り汁に投入したり、はたまた非常食としても重宝している。

 

このように、韓国における万能食かつソウルフード(ローカルフード)の称号を持つヌルンジが、実家の父から異国の地で暮らす娘へと送られてきたわけだ。

そして、ひょんなことから「わたしがヌルンジ好き」であることが発覚し、「だったら本場の味を食べさせてあげよう」という流れで、大量のヌルンジを分け与えてもらうに至ったのである。

 

ちなみに、大量に袋詰めにされたヌルンジは、日本でいうところの「割れおかき」や「割れチョコ」に似ている。大小不揃いな形状のヌルンジががっさりと入っており、とりあえず帰りの電車でつまんでみた——うん、おこげだ。

ヌルンジとは不思議なもので、要するに「単なるおこげ」なのだから、めちゃくちゃ美味い・・ということはない。だがなぜか、口寂しくなるとヌルンジを欲してしまうのだ。

 

なお、初めてヌルンジという料理を知ったのは、赤坂にある韓国料理店——その名も「ヌルンジ」。そして、そのときヌルンジの由来や思い出話を聞かせてくれた女性は、なぜかわたしのことを「日本人ではない」と、謎の勘違いをしていた。

しかも、「外国人(おそらく、中国かモンゴルあたり)ではない」と何度否定しても、

「いいの・・いいのよ、あなたも(この異国の地で)辛い思いをしてきたんでしょ。分かるわ、私もそうだったから」

と、かぶせ気味に否定されるから埒が明かない。

(正真正銘の大和撫子なのだが、韓国人の彼女からすると、わたしは日本人には見えなかったのだろうか・・)

 

まぁそんな過去もありつつ、日本人のわたしと韓国の「おふくろの味」であるヌルンジは、持ちつ持たれつの関係性を保ってきた。そんなわたしに対して、地元・韓国で作られたガチのヌルンジ・・しかも、韓国人が「美味い」と評するレベルの品をおすそ分けしてもらったことで、料理のできないわたしがまさかの料理をする気になったのだ。

(といっても、ティファールでお湯を沸かしただけだが・・)

 

大量のヌルンジの中でも大きな欠片を取り出すと、沸かした湯の中へ投入してしばらく放置——よし、完成だ!!

久々の料理にストレスと疲労を感じつつも、湯を吸って柔らかくなったヌルンジを崩しながら口へと運ぶ・・うん、美味い。まさに「魂に触れる味」というべき、素朴かつ温かみのあるお味である。

 

*

 

韓国に縁もゆかりもないが、ローカルフードであるヌルンジを満喫し、「これこそが、おふくろの味ってやつだ!」などと韓国人ぶるわたしなのであった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です