この世で信頼してはいけないものがある。それは、勝負の場における「他人が持ってきた飲食物」である。
「そんなことを言ったら、雀荘で出てくるカップ麺が食べられなくなるじゃないか!」
まぁ確かにそのとおりなのだが、雀荘というのは商売で麻雀を打つ場所を提供しており、そこで勝負をしている客との間に利害関係はない上に、食中毒でも起きようものなら店の沽券にもかかわるわけで、ここは間違いなく安全で衛生的な食べ物や飲み物を出すに決まっている。
わたしが言う「勝負の場」というのは、たとえば何らかの試合や試験などの会場を指す。
殊に国家を挙げての勝負となれば、なりふり構わずあの手この手で罠を仕掛けてくる国はたくさんあり、日本人のように気のいいお人好しな民族は、「差し入れです」などと笑顔で言われれば喜んで受け取ってしまう傾向にあるので、絶対に気を付けなければならない。
かつてわたしも、国際試合へ参加する際に「決して、自分のペットボトルを置きっぱなしにしないこと」と、強く念を押された記憶がある。
そのくらい、自分が見ていない隙に敵意ある誰かが異物を混入させることなど、世界的に見れば日常茶飯事なのだ。
*
そんな中、わたしはちょっとしたピンチに陥っていた。
ふと気がつくと、手持ちのペットボトルの水があと少しで尽きようとしているではないか。しかも、もう少しで試合の順番が回って来るというのに、今さら買いに行くこともできない状況。
とりあえず、近くにいるチームメイトから水を恵んでもらおうと声をかけるも、まさかの「誰も水を持ってきていない」という非常事態——。
このままでは最悪の場合、脱水症状により救急搬送の恐れがある。わざわざアメリカまでやって来て、まさかの水が足りないことで戦線離脱だなんて、そんなバカげた現実があるだろうか。
想像しただけで青ざめてしまいそうな、未曽有の危機感に怯えるわたしを見かねたチームメイトのコウスケ(仮名)が、ふとこんなことを呟いた。
「水・・入れこようか?」
会場内には給水スポットが設置されており、無料で飲み水をボトルに入れることができる。だが、その場所はここから離れているため、試合前に足を運んで遅刻でもしたら元も子もないので諦めていたのだ。
ところが、コウスケがそのような提案をしてくれたことでわたしは救われた。すぐさま飲みかけのペットボトルを彼に渡すと、わたしは安心してウォームアップに取り掛かったのである。
それからしばらくして、コウスケが戻って来た。「ちゃんと、口で飲むところから出てきた水を入れてきたよ」などと、聞いてもいないのに安全性の担保を説明する彼を見て、わたしは「これが対戦相手のチームメイトだったら、さすがに飲まないだろうな・・」と、不謹慎なことを考えていた。
だが、もしかするとコウスケが内通者だったりすれば——いや、そんなはずはない。
浮かんでは消えるコウスケの特殊工作員説に翻弄されながらも、わたしは命の源となる水をグビグビと飲んだ。喉が潤い体中に水分が染みわたる・・あぁ、生きている実感がする。
初戦を終えて、改めて水を口へ含むわたし。
腹を下す様子もないし、やはり安全な飲料水なのだろう——当たり前だが、チームメイトが親切にも足を運んで入れてきてくれた水を、まさかトイレの水でも入れてきたんじゃなかろうか・・などと疑うような失礼極まりない輩にはなりたくない。
いくらわたしがスパイに厳しいからといって、コウスケの水を疑うような真似はするべきではない。むしろ、心の底から感謝するのが筋であろう。そうだ、コウスケに感謝しなければ。
二試合目を終えて、わたしはまた水を飲んだ。
言うまでもなく体調は万全で吐き気も腹痛もない。もはや、水の安全性を疑う余地など皆無であり、溢れ出る感謝の念で一杯だった。そうだ・・コウスケさん、水を与えてくれてありがとう。
三試合目を終えて、わたしは再び水を飲んだ。
そして、喉を通過して胃袋へと流れ込んでいく水を感じながら、思わず感謝の言葉を口にしていた——あぁ、コウスケさま!!本当に本当に、安全な水を入れて下さりありがとうございます!!
これはもはや「祈り」である。そうであってほしい・・と願う、わたしの強い祈りである。
その後、冗談半分に「じつはそれ、トイレの水なんだけどね・・って、グビグビ飲み干すわたしを見て笑ったりしてない?」と突っ込んだところ、コウスケはクールな笑顔で「そんなわけない」と答えた。
だが、その目が笑っていなかったことを、わたしは見逃さなかった——。










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