恐怖のお茶会(中編)

 

前回、ネットでかき集めた”お茶会における客のマナー”を自宅で実践するも、肝心の「お茶をいただく」ところまでたどり着かない話をしたが、今回はようやくお菓子を食べ終わり、メインディッシュであるお茶(薄茶)が出されたところから、改めてイメージトレーニングを始めるとしよう。

 

茶室というのは、床は畳でできており床の間には掛け軸と花が飾られているものだが、床が畳であることの重要性・・言い換えれば、「床が畳でなければならない意味」というものがある。

無論、茶室では長時間の正座を強いられるため、板の間では足への負担が大きすぎるということもあるが、それより何より『畳によって各々の陣地を明確にしている』という点に、素人のわたしは驚かされた。

 

畳というのは、一畳ごとに畳縁(たたみべり)という帯状の布が縫い付けられている。そしてあの畳縁こそが、亭主や上座の者と下っ端である己の陣地を分ける「境界線」となるのだ。

昔から「畳の縁や敷居は踏んではいけない」と教わってきたが、物理的に躓(つまづ)かないためでもあるが、それよりなにより「他人様の陣地へむやみやたらに侵入するな」という目印の役割を果たしている模様。そして、茶室において亭主と客を明確に分けるのが畳縁であり、どこへお茶やお菓子を置くのか、どこへ指先をついてお辞儀をするのかなど、暗黙の了解で決められた”陣地”が畳縁によって示されているのである。

 

亭主により出されたお茶をいただくには、「亭主側」の陣地に置かれた茶碗を「客側」の陣地へ取り込むところから始めなければならない——その時点で、すでに難易度の高い動作が求められるのだ。

亭主がお茶を置き「真」のお辞儀をしたら、こちらも「真」のお辞儀で敬意を表す。そう、お辞儀には「真・行・草」という三段階のレベルがあり、客をもてなす亭主への感謝と敬意を示すには、両手の平がベッタリと地面につき深々と頭を下げる「真」が用いられる。

 

ここを間違えたり適当なお辞儀をしたりすれば、それこそ「失礼」にあたり畳の底が抜けて床下へと落とされる(比喩)。だからこそお辞儀の種類を間違えてはならないし、それこそがお茶会における常識なのである。

そして、お辞儀の次は片手でお茶碗を持ち上げ、上座と自分の間にそれを置いて「お相伴いたします」と言いながら「行」のお辞儀をする——。

 

(お相伴? あぁ、「おしょうばん」って読むのか・・で、これを口に出して言うのか? その割には、どの動画を見ても誰も口を開いていないぞ)

 

片手で茶碗を持ち上げる——しかも、どちらかというと「そっと」ではなくある程度の勢いをもって器に手をかけている。その後、持ち上げた茶碗を颯爽と斜め前方に置き、すかさずそこそこ深いお辞儀をしつつ「お相伴いたします」と言う——難しすぎるだろう!!!

 

(そもそも、片手であんな大きな茶碗を持ち上げることなどできるのだろうか)

極度の不安に襲われたわたしは、自宅にあるそれっぽい器・・といっても馬のエサをレンチンする際の耐熱ボウルにコーヒーを入れて、試しに片手で持ち上げてみた——めちゃくちゃ重いじゃないか!!

 

そりゃそうだ。コーヒーをそこそこ注いだ耐熱ボウルと、数口で飲み干せる薄茶が入った茶碗とでは、サイズも重さもまるで違う。

とはいえ、着物姿の細腕の女性がガバッと簡単に持ち上げているのだから、太腕かつ野生児のわたしにできないはずがない。しかしながら、あんなにも楽に持ち上げられるものなのだろうか。

 

どうしても不安が拭いきれないわたしは、たまたまメッセージのやり取りをしていた友人へ「お茶会マナー」の動画を共有し、

「親指にグッと力を入れないと、片手で茶碗を持ち上げることなんてできない。かといって、親指が器の中に入ったらマナー違反!って言われそうじゃん? どうすればいいんだろう」

と、素人が素人へ相談するという全くもって不毛な行動に出た。その結果、

「親指の内側の肉は(器の中へ)入れているけど、関節は反っているように見せてるんじゃない?」

とか、

「親指以外の4本の指を、器に密着させて吸盤のようにくっ付けて持つとか?」

などという、とんでもない結論に至ったのである。

 

なお、「片手で茶碗を持つなら、吸盤方式しかないね」と、あくまで”吸盤方式”を推す友人はさらにこう続けた。

「茶碗を眺めるフリをして、吸いつきやすいところを探してるんだと思うよ」

(んなわけあるかっっっ!!!!!)

 

内心、そう強く否定したわたしではあるが、吸盤方式という馬鹿げた可能性が皆無であるとは言い切れない。いかんせん未知の世界なのだから、ややもするとそういうことだってあり得るかも——念のため、ハンドクリームを持参しよう。

 

指先や手のひらがかさついていたのでは、吸盤を作ろうにも作れない。よって、せめてもの準備として手指を適度に湿らせておくことくらいはしておこう。

そうだ、これこそが心遣いでありマナーの本質なのである。

 

 

またしても、これだけの時間を費やしたにもかかわらず、お茶を口へ運ぶところまでたどり着かないわたし。

 

お茶をいただく際には、お茶碗を回して絵柄を横へずらさなければならないし、お茶をいただいた後には飲み口を拭い、その指を懐紙で清めなければならない。さらには、畳へ置いた空の器を回したりひっくり返したりしながら「拝見する」という儀式まである。

それなのに、吸盤方式で持ち上げるとか吸いつきやすいところを探すとか、間違いなく出禁になるであろうアイディアを掘り進めるわたしに、果たして”お茶をいただく瞬間”は訪れるのだろうか。

 

というわけで、次回は「恐怖のお茶会、本番の様子」をお伝えしよう。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です